第12話
「それと……」
桜蓮はそこで一度口を噤み、大丈夫と笑顔を見せる。
「意味深な沈黙を作るな。後々面倒になっても嫌だし、吐け」
「んー、伝えるのが難しいんだ。なんというか、今回のケースって菊くんが忘れてなかったりとイレギュラーじゃない? だからかもしれないんだけど、理解できたことがある」
それは、忘却の魔女の目的。選り好んだ相手を狙い、奪ってきたという事。
即ち、被害者は災害のように偶々巻き込まれたのではなく、悪意を持って狙われたという事実。加え、奪われたのは記憶だけでは無いということ。
「ウチ、もう何も使えない。『掌握者』も『最適適正体』も何もかもが残ってないのが分かる。固有も奪われて、一般的な次元開放術式しか使えないファーストクラスに落ちきっちゃった。……嫌だね、半端に魔女と繋がったから色々裏事情だけが分かるだけだ」
能力までも奪い去る。
それこそが忘却の魔女が襲う相手を選んでいる証拠だった。
「……忘れ去られるのはまだ何とかなるが、能力すらも奪うなんて、それは」
「うん。世に出てないだけで、何人の実力者が闇に葬られてきたんだろうね」
決して言葉には出せなかった。ただしかし、両者は違えることなく理解していた。
《英雄》がいなくなったことで起こる、その弊害を。
「急いで手を打たなきゃいけないよな。さっき言ってた分体ってのは?」
「まず勘違いしないで欲しいのは、忘却の魔女はウチの攻撃で一度死んだ。今は活動はできないっていうこと。呪いは、死んだタイミングで発動するから」
死んだタイミングで能力や記憶を五つに分配し、分体と呼称される仮の依り代に干渉する。時間をかけてその中から最も忘却の魔女として復活するに相応しい分体を選び、残りの分体から吸収し、復活する。
それが、桜蓮が理解できた忘却の魔女についての全容である。
「朧気だけど、今一つ観測できる分体がいる。何も分からない状態でも観測できるってことは能力とか記憶が他よりも多い可能性が高いと思う」
「攻めてくる、あるいはこちら側から近づけば発見は可能なのか?」
こくり、と頷く桜蓮。その瞬間、二人の目標は共有された。
「まずは観測できている第一の分体の打倒。いくつか能力を奪い返すことが出来れば、確実に状況はひっくり返せる」
「西日本側に最も厄介だった《英雄》がいなくなったとバレるまでが勝負だな……。ていうか、忘却の魔女と同類の機械人間はどういう影響になってるんだ?」
最前線を東京まで下げてからの拮抗、その状況を作り上げていたのはまず間違いなく《英雄》である桜蓮の影響なしには語れない。
桜蓮がいるからこそ、西日本は攻めきれない。
桜蓮がいるからこそ、東日本は防衛に徹して次の策を練られる。
その均衡が瓦解した時、戦況がどうなるのかは誰の目にも明らかだった。
「影響までは分からない……。とりあえず、今はこっちの状況把握が先だね。代わりの《英雄》がいるのか、それとも混乱になっているのか、それとも想定外の状況なのか」
「……思ったより、動揺はしていないんだな」
最初のコンタクトこそ慌てていた桜蓮だったが、既にペースを握って話の結にするところまで来ている。
生まれ持っての英雄気質、カリスマ性が発揮されている彼女を見て、菊の口から言葉がこぼれた。
「まぁ、動揺はしてるよ? でも、菊くんが忘れないでいてくれたから」
彼女が振り返る。
きらきらと輝かんとばかりに明るい表情、浮かび上がりそうな程に軽やかなステップを踏み、桜蓮は菊の胸を軽く小突いた。
「頼りにしてるぜ、相棒」
どこからか、ふわりとムスクの香りが舞う。
近づいた距離に、菊は手を伸ばして———
「いた、きっくー! 探したんだよ、教室にもいないし‼」
がっしゃん、と雰囲気も扉も全てを台無しにする音と共に、暴走精霊が姿を現す。
目をぱちくりとさせる桜蓮と、思わず頭を抱えた菊、そして仁王立ちするシスト。
どうやらこの場が落ち付くのには、もう少しの時間が必要な様だった。
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