第4話

「みな、み、サマ‼」

「くっ、一体どこに———!」


 上空からひび割れる。太陽の日差しが降り注ぐと共に、異次元世界は終焉を迎えた。


 今まであり得るはずで無かった、桜蓮の固有次元開放術式の解除。

 その衝撃と、散らばっていく世界の欠片に反射する日差し、その眩しさの中に撤退する銀箔の騎士の姿を桜蓮は霞んだ視界の先で見つける。


「にがす、訳には———!」


 だが、咄嗟に彼女が取った行動。それは悪手だった。

 どんな歴史を内包しているのか分からない機械人間。例外なく、情報が少ない相手に対しては様子を見ながら決してリスキーになる事の無いカードを切ってきた桜蓮。


 勿論、それは東日本人で戦う者全てに義務つけられている程に当然の策。しかし、桜蓮は尋常ではないほどに石橋を叩いては渡る策を敷いてきた。

 並みの人間なら疎かになりそうな場面でも、常に安全策を。そして、結果を必ず残す。

 彼女を《英雄》にまで押し上げた最大の要因は、生まれ持った才能なんかではなく、圧倒的な情報力での横綱相撲。

 それこそが、勝利へと導くことを必然とされた《英雄》としての役目。


「残念だよ、もう菊桜の夫婦漫才が見られなくなるのは。ユーがアイの生きる糧っていうのは、本当に冗談じゃなかった。それこそ、今の今まで忘れさせるのを待ったまでにはね」


 そして、その最中に突発的に生じた悪手、アクシデントというのは取り返しがつかなくなるほどに最悪なモノになるのも、不思議なことに世の常であった。


 〈天使級攻撃〉が、不格好な騎士のフリをしていた異分子を貫いた。

 貫かれて倒れる機械人間の表情は、ゾッとする程に桜蓮の背筋を舐め回した。


「———作戦、完了。……鏡桜蓮、さよなら」

「……さい、あくだ」


 消え入りそうな言葉と共に倒れようとする彼女の身体を、菊はしっかりと受け止める。

 いつも寄りかかってきていて、もう慣れ親しんだはずの桜蓮の身体。しかし、その重さはいつもよりどうしようもなく軽く感じられた。


「おい、桜蓮! しっかりしてくれ、桜蓮‼」

「……追撃が、くる……いそいで、逃げて……」


 しかし、菊がハッと気づいた時にはもう遅く。

 二人を押し潰さんと、いつの間にか巻き上げられていた瓦礫が降って来て———

















 ブロロロ、ロロロ———。


 スーパーカブのフルオート音が、半端に開けてある窓から漏れ聞こえてくる。

 カーテンから差し込む光はまだ淡い。時計を見ると、まだ朝の四時過ぎだった。


 ぐっ、と伸びをして息を吐く。首を回すと、ゴキゴキと可愛くない音が鳴る。どうやら余程窮屈にして寝ていたらしいな、と微笑を浮かべ———


「……チッ」


 首を回したことで血流が良くなり、どうして自身が寝ている時さえ窮屈にしていたのかを思い出し、自然と舌打ちが出た。


「…………いい加減にしてくれよ、こんな悪趣味なのは」


 脳裏に過ぎるは、瓦礫に潰されそうになる所を桜蓮が覆いかぶさり、庇ってくれた光景。

 動くことすらできなかった菊は、今にも力尽きそうな程に衰弱していた彼女に守ってもらってしまった、という悪夢の記憶にすら嫌気がさす。


 ———相棒として、あの時は何もできていなかったんだぞ、と。


「そんな事が起こるはずなんて無い。《英雄》があんなことになるなんてあり得ない。悪夢にしては現実味が足りない」


 だが、無意識に思っていることを見せられたのかもしれない、とも思う。相棒として実力が足りていない、行動が遅い、彼女の頭脳に追い付けていない———。


 足りないことが多いのは理解している。努力することを疎かにしていた罰だ、と受け入れて一度スッキリするために階下へと降りることにした。

 登校時間は九時。出かけるには四時間近くの余裕があるが、こういう日くらいはゆっくり朝食を食べて、意識を変える行動を始めるキッカケにしても良い。


「……あれ、いつの間に補充したんだっけ」


 手に取ろうとした洗顔料が補充されており、首を傾げる。他も見れば、ハンドソープやうがい薬全てが満タンに補充してあった。

 近くのごみ箱に詰め替えの空容器が捨てられていることを確認して、息を吐く。


「無意識に交換したか、疲れ果てて交換したことさえも忘れてたか? ……やっぱり疲れが残ってるのかもしれないな」


 おろしたてのタオルで顔を拭き、保湿剤を塗りたくりながらリビングへと向かう。

 リビングに通じる扉の隙間から、灯りが漏れ出ていることに気付いてため息をついた。


「消し忘れたか……。電気代……」


 とはいえ、東日本の為に常に戦っている戦闘員には全面的なサポートがされている。

 食費や娯楽費、家賃から光熱費までと手厚い。ただ、無駄使いしてしまったことに罪悪感を覚えるのは日本人らしくもある。


 勿体なさを抱きながら開けた部屋の中は煌々と輝いていた。それこそ、部屋に人が居る時のように。

 入居者を迎え入れる蛍光灯、少しばかり寒くなってきた季節に抗うかのように点けられているエアコンの駆動音。

 極めつけはコトコトと鍋がゆだる音と、何かの具材をリズミカルに切る包丁の音だった。


 恐らく今できる全ての無駄をこれでもかと感じさせられたが、それは今この家に一人で住んでいた場合に限る。

 同居人が居て、その人が何かをしていたのなら無駄ではないのだが———。


「ここには俺一人で住んでいるはずなんだけど。ルームシェアを許した覚えも無い。……誰なんだ、アンタは」


 菊はため息交じりに、しかし警戒は最大限にした状態でキッチンに立つ女性に話しかけた。


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