第3話
「く、っ……」
灼熱から極寒へ。急激な気温変化に、思わず菊さえも顔を顰める。
一瞬の静けさの後、押し寄せるは冷酷の霜。後方で支援に徹している菊から見て、三十メートル以上は距離がある位置からでも確認できるほどの凛が、灼熱を氷河へと変える。
———次元開放術式・
桜蓮が行使したのは、東日本人が編み出し、未来へと繋げる為の能力である『次元開放術式』である。
水、火、風、光、闇の五つの属性に分かれている汎用性が効く術式は、殆どの東日本人が使用できる代物である。しかし、彼女が使った術式は汎用などという言葉では区別できない。
人は何かしらの才能を一つは生まれながらに持っている。
頭脳、スタイル、身体能力———。その中で鏡桜蓮という《英雄》は、三つの才能を有していた。
一つは『
次に『
そして『
〈天使級攻撃〉———一撃で敵勢部隊の半分以上を消滅させられる火力を記録した際に与えられる称号を、彼女は五つ全ての属性で記録していた。
国が定めた固有才能を三つ所持し、秀才の域に達する身体能力と頭脳から戦場を支配して、導く。
それが、東日本政府直属組織である〝次元守護者〟『七賢人』———《英雄・セブンス》鏡桜蓮であった。
「は、は……! ヤバすぎるぜ、ユー!」
「それはこっちの台詞。どういうカラクリか知らないけど、〈天使級攻撃〉を二度も浴びてまだ息があるのも異常なんだよ?」
がしゃがしゃと重そうな甲冑を、重そうな音を立てて機敏に移動する水見。
その後を追う、桜蓮。
この光景は過去に二度接敵した状況と変わらない。その二回はどちらとも西日本側が逆ルートから侵攻してきた隙を水見が見計らい、撤退されている。
だが、今は———
「アイツの動きがいつもより鈍い……?」
今までの動きとは、格段にパフォーマンスが落ちる動き。それを裏付けるように、桜蓮の放つ攻撃が直撃せずとも当たる頻度は時間を増すごとに多くなり、比例するように水見の動きは更に鈍くなっていっていた。
「いける、っ……!」
そしてそれは戦闘を支配している桜蓮も理解している。勝負どころだと、ギアを更に上げ、加速していく。
「いや、それはノー、だ。桜の方よ」
だが、水見もただやられるのを待つだけでは無かった。右手を横に伸ばし、指が鳴る。
カシャカシャ、と機械染みた音と共に右手が変形し、その姿を剣へと変える。
金色に怪しく光る剣。その剣先は歪んだかのように少し曲がっている。気のせいか、カタカタと自我を持っているかのように微かに揺れた。
———
それこそが、西日本側機械人間が扱う能力。歴史の偉人や出来事を己の中に封印し、それに応じた能力を発動させる。いわば過去を再現できるものである。
そして、その能力は勿論明かされることは無い。己の眼と、東日本の叡智を集約させて真名を解読し、弱点を突く。それが、西日本機械人間を倒す唯一の方法である。
「でも、真名が分からなくてもこのまま押し切れそう。火力で潰す……!」
「いやー、落ち着かないと。ユーと戦うと、どうしても失くしたはずの心が蘇ったかのように弾む。要らないモノを追い求めそうになってしまうな」
「意味の分からないことを……。それが遺言で良い⁉ ———菊くん‼」
「もうやってる!」
桜蓮から指示が飛ぶ一瞬前、菊は術式のコンタクトを終わらせていた。
次元開放術式・闇。
水見の足元に湧き出た影が、纏わりつくように銀箔の騎士を抑えつける。
気を取られた水見は、一瞬下を向いて再度視線を戻した時に驚愕する。
それは、一歩では到底届かないと判断していた距離、それを一瞬で縮めた桜蓮に。
そして、彼女が繰り出そうとしている技に。
「流石は———」
『
静かな声が、ハッキリとその場に浸透する。彼女の目が天使を視認し、その身体に触れた瞬間、その場所は周りを不可解な物質で彩られた異次元へと到達していた。
「ウチの『固有次元開放術式』は時間の巻き戻しができる。悪いけど、もうチェックだよ」
———固有次元開放術式〝檻は時さえ手中に〟
鏡桜蓮を彼女として、たらしめている固有の次元開放術式。背後に浮かぶケージが貯まるまでの間、好きに時を操れる能力。
ケージは時間経過か本人の受けたダメージで貯まるが、東日本の有する《英雄》にそんな隙はほぼ存在しない。
発動条件こそ、視認している時間が十時間を超えた相手に触るという縛りがあるが、元より防衛戦を中心とする東日本にとっては大したデメリットにはなり得ず。
まさしく〝必殺〟に相応しい能力を携え、彼女は幾度となく西日本の強敵を相手取り、勝利を収めてきたのだった。
(……決まった。必殺技は必ず殺すと書くように、桜蓮の固有次元はその言葉を体現する)
菊はいつものように少し離れた場所で支援の用意をし、敵へと視線を送った。
辺りを取り囲む不気味な情景を、水見は不思議そうに見渡す。その動きには何故か余裕が見られるが、内側の時を自由に操れる桜蓮にもはや死角は無かった。
「流石は《英雄》。アイが一番に焦がれ、見惚れ」
「最後の最期まで真名は分からず仕舞いだったけど、ここで時間を懸けて必ず殺すよ」
「———そして、邪魔な東日本人だ」
だが、それはこの場に三人だけがいた場合の話だった。
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