第25話

「…………ふぅん」


 隠し扉の前、その陰に隠れるようにして辺りを警戒していたシストは、徐にその姿を露出させた。


 彼女の息遣い以外に聞こえる音は無い。


 きゅつ、と靴が擦れる音が辺りに響く。

 そのつま先は、隠し扉———シストを正面にして右に四十五度、時計にして二時の方向へと向いている。


「———くはっ」


 そうして数分が立ったのち、シストが見続けていた方向から聞き覚えの無い音が聞こえる。

 それは菊でも桜蓮でも無く、シストが知っている仲間の声でもない。


 確実にこちらへと悪意を持った、嫌悪に満ちた笑い声。


 先ほどまでは聞こえていなかった空間に、コツコツとあえて歩く音を響かせているような音が響き、それと同時に突如として一つの気配が加わった。


「こんばんは、今宵はよい月ですね。———まぁ、邪魔な花火と虫が煩くもありますが」


 その男は、一目でシストの視線を奪い取る。


 特徴的なつり目が隠れてしまうのが勿体ないとも思える綺麗な青髪は、右目が隠れるほどまでに降りており、黒いヘッドフォンがカチューシャのように頭から両耳に着いている。


 しかしながら、紺色で統一されたスーツ———スラックス、白いワイシャツを際立たせているベストとジャケットが違和感を抱かせる。


 ———危険だ、と。


 一切の視線を外さないシストは、瞬時に警戒状態に入った。


「貴方は誰なの、sketchy」

「初めまして、シスト・キタヤマ。私は辺東郎希と申します」

「いきなり偽名? 嫌な感じだね、hate」

「いえいえ。元は中国の血が入っておりまして。帰化した際にまぁ、多少なり不思議になっても原型を感じられる名前にしたかったのですよ。ですから、偽名ではありませんよ?」


 にこりと笑う姿は、今のような非常事態でなければ黄色い声が上がりそうな程に似合っている。

 甘いマスクに、蕩ける美声。———だが、その中には間違いなく黒があった。


「それで? ただ単にお話したくて声をかけてきたわけじゃないでしょ、question」


 教えても無い名前を知っている。

 元々戦争に加わっていたのなら、知られているというケースもあるだろうが、シストは菊の守護霊。


 姿を現したのもつい最近の出来事であり、西日本側の機械人間と相まみえるのも今回が初めて。それなのに知られている———、油断できる要素は一ミリも無かった。


「いえいえ、貴女のような華麗な女性と話したかったのも理由の一つです。ですが、どうしてここにいるのか、と訊ねたくはありますが。……まさか、一人な訳も無いでしょう?」


 そう言った郎希の瞳は、シストの背後———隠し扉の方へと向いている。


 見抜かれている、とシストは瞬時に悟る。

 シストだけを見つけていたのであればやりようはあったが、人数まで把握しているかは定かではないが、複数で侵入してデータベースに行っていることまで知られているのであれば、彼女がやる事はもう一つだった。


「答えない、話したくない。……って言ったらどうする、question?」

「ははっ———それは、もう」


 おおげさなアクション、アメリカ人のように手を掲げて首をふる仕草。


「力づくで、聞きださせてもらいましょうか。ここは我らが主、十二天降アネクドートより守護するように言われている陣営。その期待を裏切るわけにはいかないのでね」


 強大な能力を携えている幹部の中でも、上位十二人に位置する怪物。

 その怪物から任せられている彼もまた、幹部に匹敵する強大な相手であることは想像に難くなかった。


「———時間は、十分かそこら? きっくー、quickly」



 シストは右人差し指の先にカードを出し、肩頬だけを上げて笑った。

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