第46話

 上空に、竜のような頭部が三つ浮かんでいる。

 その口から吐き出されるは、有象無象であれば圧に耐えきれずに膝をつく、そのくらいの力を持つ竜巻。


 だが、怪物相手では出足を多少鈍らせるに留まるだけ。

 悔し気に唇を噛んだ桜蓮の視線の先、そこでは菊が吹き荒れる風を活かして飛び回っていた。


 速さでは叶わず、攻撃力も足りない。

 そして防御は不可能であり、一度のダメージが致命傷になり得る状況。一言で言えば、詰む一歩手前というのが最適だった。


「……灼熱宝珠!」


 菊の右手から熱が引いたことは、この戦闘が始まってからは一度も無い。


 腕を焼く痛みに耐えながら、そして左手で冷やしながら、狙いをつけられないように縦横無尽に飛び回る。

 気の休まるタイミングなどは無く、ただひたすら少ない隙を伺っては当たるか当たらないかのギリギリのタイミングの攻撃を仕掛けることしかできない。


 己の情けなさに吐きそうになるが、自己嫌悪にはまだ早い。

 全てを終わらせてからこそできる反省だ、と何度目にもなる叱咤激励を携えて菊は再び飛び上がった。


(だが、この状況をひっくり返す程の策が無い……!)


 桜蓮も良く戦ってくれてはいるが、限界がある。


 基本は陽動に徹してタイミングでの菊への補助。

 菊が矢面に立って戦う事で、矛先を桜蓮に向けさせず、二人のコンビネーションでやっと五分と言えるかどうか。


 現状維持は、衰退と同義———。

 こんな事を言ってきた相手は誰だったか、と菊は脳裏に堅物の顔を思い浮かべた。

 そのタイミングで、耳元の通信機器にアクセスがある。


 地面に降り、桜蓮とアイコンタクト。怪物を牽制しつつ、菊はボタンを押した。


『聞こえるか鏡桜蓮、そして北山菊』

『……三木一馬、か?』

『上司は敬称で呼べ。……まぁいい。時間が無い、手短に話そう』


 〝神の雷〟。

 それは、東日本が対西日本専用に編み出している戦闘武器の一つである。


 機械人間に対して影響を及ぼす〝雷球〟や〝秘石の電磁結界〟もそれに該当するが、中には東日本内での承認が必要とされる強力な武器『幻想武装イル―ジョニスタ』というネームドが存在する。


 その内の一つが〝神の雷〟。

 東京本部に備え付けられている超電磁砲を放ち、標的に当てるという、離れた場所からでも支援攻撃ができる数少ない武装である。


 無論、対象となる機械人間の真名が判明していないと実行できないという不便さはあるが、逆に言えば真名さえ分かっていれば、条件を満たすだけで殺せるという代物である。


 消音、索敵無効という効果を併せ持っており、行動不能に加えて機械人間の身体内に巡っている電子回路をショートさせることで、宿している能力さえも無効化するという的中効果まで備えていることから、戦争が始まって以来一番使用が多い大型武器でもある。

 それの承認が下りたと、一馬は話す。

 しかし、強力が故の弱点を菊は理解していた。


『座標の設定は決まっているんですか? 話が通じる、あるいは行動パターンが読める相手なら可能性はありますが、相手は暴走に飲み込まれたただの獣———っぶねぇ』

『そうだよ、流石に命中の可能性が少なすぎ。だったら〝透明の鍵穴キーポインター〟の方が———』

『相手の詳細は《明晰》から聞いた。暴走魔剣・ダーインスレイヴ。北欧神話に登場する武器で、満足するまで人を殺し続ける呪いの剣———。そんな馬鹿みたいな伝承を備えている相手を、お前たちが一撃で葬ることが出来るのか? 確かに〝透明の鍵穴〟であれば、怪物の動きを封じる可能性は大きく高まる。しかし、その後は? 確実に消滅させるだけの保証はあるのか? 失敗すれば、東日本は間違いなく終わることを理解しているか?』

『今は———』


 思わず口を出しそうになり、止める。


 確かに今は暴走している怪物を止められているが、いずれ限界が来る。

 もし菊と桜蓮が敗れ去っても、他のメンバーでその代わりを務めることはできるだろう。

 しかし、菊は理解していた。

 『七賢人』が何人集まろうと、打破までは叶わない、と。


 厳密に言えば、『七賢人』が全員集まって、幻想武装をフル動員すれば止めることはできるだろう。

 しかし、その後に待っているのは満身創痍の隙を狙って攻め入ってくる西側だ。


 今、西側と拮抗状態にできているのは様々な要素が組み合っているからであり、この怪物を放っておけば、その組み合っているモノは全て破綻する。


『……いえ。やりましょう。俺達にはそれしか残っていない、忘れていましたよ』

『菊くん……⁉』

『それでこそ《影装束》だ。あの時叩いたデカい口が嘘じゃないこと、見せてくれ』

『うるせぇな、いつまでも昔のことを。アンタは黙ってそこに座っててくれ。トップが浮き足立つと、下側にまでそのしわ寄せが来るんだからな』


 そう言い放ち、菊は通話を切る。

 飛び回って牽制し続けた隙を見計らい、再び桜蓮と合流する。


 彼女は、少し笑みを浮かべていた。

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