第47話

「あんなコト言って良かったの?」

「良いんだよ、あれくらい言わないと《将軍》様は笑わない。そうだろ?」


 ニッ、と笑って菊はある一点に目を凝らす。電磁結界。

 その中心に近い場所に目印が浮かび上がるようにしている、という彼の話を思い出しながら。


「……あれか」


 星のような、意識をして目を凝らさないと見つけられない程、うっすらと浮かんでいるマークがあるのを見つける。


「よし、桜蓮。俺が制限時間ギリギリまでアイツと戦って、ポイントに誘導する。ギリギリの、死なないタイミングでいつもの奴を頼む」

「またぁ? 本気でやるつもり?」

「ここで冗談なんか言わねぇよ。第一、最初にあんな頭ぶっ飛んだ作戦を俺にやらせたのはお前だろ、桜蓮。そのせいで真っ先に浮かぶ作戦にまで慣れてしまったじゃねぇか」

「……今回、かなりタイミングがシビアだよ? 加えて、菊くんとあの怪物の間にはかなりの実力差がある。耐えれる?」

「耐えなきゃ駄目なら死んでも耐える。だから桜蓮も死んでもタイミング合わせろ」

「死ぬのは菊くんだけだけど……。ま、大事な相棒を失う訳にはいかないし!」


 ———制限時間まで、あと五分を切っている。

 何時までも雑談に興じているわけにもいかず、菊は再び怪物と接敵する。


「6ce6ce6ce<zjouezjouezjoue! mZsat@e.<mZsp@z-@4t@e.!」

「ギャアギャア喚くな……!」


 次元開放と機械装填を繰り返し、寸でのところで攻撃を躱しては誘導を開始する。

 衝撃で頬の皮がめくれ、血が滲む。鎌鼬が起き、脚に鋭い痛みが走る。


 ———残り、三分。


「く、っ……」


 疲労が膝に流れ、折れそうになるのを必死に留める。


 振り下ろされる剣を転がって躱し、蹴りを叩き込む。

 ほんの少しだけ揺れる身体に向けて、アッパーカットの要領で星をぶつけて脳を揺らす。

 そのまま三歩ほど下がり、体勢を立て直した怪物の攻撃を真っ向から受け止めた。


 ———残り、一分を切る。


「d,<b\r<aをr0p\<fd@:\<d@'jmkfg5\! r^@wf<3.d@keb4をfqrq/i‼」

「ぐ、う……っ」


 ぎりりっ、と怪物が押し込んでくる剣が菊の首筋に迫ってくる。

 対抗すべく機械装填化している右手で押し返そうとするも、力の差は歴然。


「d,d,d,d,d,d,d,d,d,d,d! d,d,d,d,d,d,d,d,d,d,d,d,d,d,d,555555‼」

「菊くん‼」


 何のために、誰のために。一体、ここまで来たのか。


「っ、あ」


 東日本の為? ———違う。


 名声を上げ、自分に振りかかっている誤解を解く為? ———違う。


 ナンバーツーである一馬の命令だから? ———違う。


「———う、おおおお、あああァァァ、ああぁアア‼」


 剣を弾き返し、そのまま右手を振るう。


「墜とせェ、星々‼」


 上空から振る宝石が怪物を拘束するかの如く、次々に刺さっていくその一瞬後。


「菊くん、手をッ‼」


 上空から、純白の光線が降り注ぐ。それは、東京本部から撃ちだされた超電磁砲。

 その光量が地面を焼き焦がす、その一瞬前に強烈な風が菊を引っ張った。


 ゴロゴロと転がる菊は、笑みを携えている。

 これこそが桜蓮と打ち合わせていた策である緊急脱出。


 極めてギリギリのタイミングで脱出する作戦の都合上、死と隣り合わせなのは双方納得の下でしか成り立たない。


「……っ、ぐ」


 煙が立ち、鋭い痛みが横腹をかきむしる。出血は無い。

 ただ、高温の熱が降り注ぐ攻撃の性質上、内臓に届けば致命傷となる。

 その一端が、菊の左脇腹にまで侵食していた。


「菊くん、大丈夫⁈」


 この場に響くのは彼女の悲鳴のような、心配の声。


 だが、もう敵性は無い。

 今もなおブツフス、と焼き焦げた嫌な音と匂いが蔓延するだけの戦場———


「…………なに?」


 菊が向けた視線、その先で何かが蠢いたことに驚愕し、絶望の色が立ち込めた。

 そこに、何があるのか。



 その事実に、必死に抗うように菊は目を凝らした。

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