第30話

「捕まれ、桜蓮‼」

「逃がしませんわよッ‼」


 次元開放術式・風。

 《茶色》にまでなると、その一つに全力を注げば格上でも多少の時間稼ぎになる程度には衝撃をもたらすことが出来る。

 捕まる桜蓮からの補助も噛み合い、三人は陣営の外へと壁を叩き壊して逃走を図る。


「この私から逃げ切れると思っていますの?」

「まさか。十二降天がそんな甘いなんてこと、東日本人であれば誰でも知ってることだ」


 横に並んでくる深愛。その横っ面に菊は思い切りの良い拳をお見舞いする。

 かすった感触が第二関節を刺激するが、彼女にとっては微々たるものであることは分かり切っている。


「———、———」


 菊の口が高速で動き、桜蓮の腰を先へと追いやる。その刹那、逃げる彼女たちの背後を守るように星々が瞬いた。


「……この目で実際に見るまで信じてはいませんでしたが。驚きです、確かに貴方のソレは間違いなくこちら側の兵器に限りなく近い」


 〝機械装填スロット宝珠墜星クラウンジュエル〟。


 北山菊が《影装飾シェード》と呼ばれる所以が、十二降天へとベールを脱ぐ。


「あなた達では荷が重そう———とも判断できないのが厄介ですね。纏めてかかれば一瞬ですが、たかが《茶色》相手に十二降天が数で勝ちを拾った、などと噂が立つのも業腹ですわね。なにより、面白みにかけますわね」


 ふむ、と深愛は顎に手を当てて暫しの思案に入る。

 その間、お付きの幹部二人は動かない。策略を巡らす菊の額に、汗が浮かび始めた。


(あの二人を新潟まで撤退させられれば、勝機はある。二人を付きの二人に追わせて、本命が俺とのタイマンが理想的だが……。どうくる、序列七位)


「うん、決めました。ここであの二人諸共、新潟県を叩き落としましょうか。先ほどまでのちょっかいで新潟側の本隊も疲弊しているでしょうし、いい機会です」


 しかし、そんな菊の甘い考えは瞬時に打ち砕かれる。


「塵殺です。全てを焼き払い、只の一縷の望みさえも残さないように」

「「御意、我が主」」


 郎希と武一が飛ぶように桜蓮たちの方向———新潟陣営へと向かっていく。

 その姿を横目で追いながら、菊はその後を予測する。


(……大丈夫、大丈夫だ。異変があれば東京から援軍が来る。それに)


 新潟エリアは『七賢人』《偶像・黒級》の管轄地である。

 彼女の性格上、人のエリアを荒らすことには一切の容赦がなく、自身のエリアには触れる事すら嫌がる。

 全力で迎撃するのは簡単に予想がつく、と菊は己を安心させた。


「ふふ。考えていることは筒抜けですよ? 残念ながら援軍は来ません。《偶像》も来ません。何故なら、今正に別部隊が東京に攻め込もうとしているんですから。貴方たちが大好きな《漸騎士》の主導の下、勝負を決める為の大軍を引き連れてね」


 さっ、と自分の顔が青ざめていくのが手に取るようにわかった。

 卑し気に舌なめずりをする彼女の顔が、菊の予測を悉く超えていくのと比例して喜色に染まっていく。

 ごくり、と菊の喉が生唾を飲み込んだ音を響かせた。

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