第21話

「北に目を向ける……。と言うと、新潟とか?」

「あぁ。覚えているか、桜蓮。前に岐阜県に西側の大きい陣営が造られたって情報が、上層部———《七賢人》で共有されたっていう機密事項をうっかり俺に漏らしたヤツ」

「忘れてって言ったよね⁉ ……ま、覚えてるけど。でもそうか、だから新潟か」


 菊の言おうとしていることを理解し、桜蓮は頷く。


「東京経由からだと、山梨と横に長い長野を超える必要があってリスキー。そしてそれは神奈川と埼玉、群馬も同様。でも新潟からだと縦に短めな富山を超えるだけで岐阜に辿り着けるし、新潟からの支援も受けやすい」

「そう、使えるものは使えるうちに使っておく。最短で、最速で岐阜にあるとされる中途陣営に潜入して情報を掴む。それなりに大きい所なら、本部まではいかずともそれなりの成果が眠ってるはずだからな」


 岐阜県に陣営があるという情報が確かであるという条件の下に成り立つ策だが、そこまでのケアをしていられる時間は無い。

 一分一秒が惜しい今の状況下で、手ぐすねを引いてはいられなかった。


「でも、それっていつ桜蓮が漏らした情報なの、what」

「漏らした言うな、信頼できる部下に共有したって言って!」

「ん……確か、三か月とかそのくらいか?」

「なんですぐに動かなかったの? 後手も後手にまわらされている現状、そこは突いていかないとじゃないの、question」


 当然の如く出てくる疑問は、確かに菊も話していた上で浮かんだもの。

 その背景を知っている者に、自然と目線が集まった。


「その時期は、スパイ容疑のある人物を洗い出している定期期間だったの。それが終了次第、って話のはずだったんだけど、その頃からあの問題児がまた顔を出し始めたからさ」

「あぁ、なるほど。確かにリスクのある潜入より、目の前に現れるアイツから引っ張った方が安全だもんな」

「潜入って、いわば孤立無援状態で行う事でしょ? 万が一にも情報が洩れていたら、確実にやられる。ちょうど幹部を一人倒してそこから出させた情報だったし、警戒度は向こうも増しているタイミングだったと思うし。ノリノリだった東側が問題児を狩る方向にシフトするのは、まぁ既定路線だよね」


 菊の脳裏に問題児が思い浮かぶ。銀色の甲冑に、顔まで覆い隠している兜。

 加え、ふざけた言葉遣いと修復能力に手を焼いた記憶に頭痛さえもよみがえった。


「《漸騎士》阪神水見……。こうして考えると、アイツが一番読めないな。桜蓮で防げていたが、今いる《七賢人》で対抗できるとなると《将軍》くらい……?」

「一馬は出られない、それは分かってるでしょ? 彼が対面する時、即ち東京は既に落ちる間際ってこと。だから、なんとしても先手を打たなきゃ」


 うっすらとそうなってしまったケースを想定し、汗が滲む。

 彼らが乗り切ったのは、あくまでも東日本の中での菊らの立場だけである。東日本全体としては、全く状況が好転せずに停滞していることを再認識する。


「…………急ごう」


 震える声は上手く隠せただろうか。


 そんな、いつもなら思うはずの無いことさえ考えている自分自身を振り払うように頭を振った菊は、手元の地図に策をかき始めたのだった。

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