第45話 耳掃除

「ふー、そろそろ良いかな。……小テストする?」


 時計を見て大きく息を吐いた理沙は、僕に不適な笑みを浮かべて言った。


「うん、いいよ。結構自信あるから」

「あはは。じゃ、93点以上取ったら……そうだね、耳掃除をしてあげよう」

「……なんでそんな中途半端な点数なの?」

「昨日私がやってみて92点だったからー」


 つまり理沙より良い点数を取らないとダメってことみたいだった。


「それ無理じゃない? とりあえず頑張るけど……」

「ひろくんならできるよー」


 理沙は僕の頭を撫でながら、そう笑った。


 ◆


「むむ……。きゅ、95点……」


 採点を終えた理沙が、難しい顔をして点数を読み上げた。


「あんまり自信ない問題もあったんだけど、意外とできたよ」

「……ひろくんが良い点数取るのは嬉しいけど、負けた気分がするのは複雑だよ……。といっても約束だから、頑張ったひろくんにはご褒美をあげる」


 理沙はカバンの中から耳かきと綿棒、それと小さなライトを取り出すと、ベッドに座った。


「なんでそんなの持ってるの?」

「あはは。元々やってあげようって思って、持ってきてたんだよー。……ほら、頭乗せて」


 僕はベッドに横になって、用意周到な彼女の太ももに頭を乗せる。

 スカート越しに太ももの柔らかさが伝わってきて、ちょっと恥ずかしくもあった。


「んー、溜まってるかな……? どうかなぁ……」


 僕からは見えないけど、理沙がライトを片手に耳たぶを引っ張ったりしながら、顔を寄せて耳の中を確認しているようだった。


「ぼちぼちかな。痛かったら言ってね。動くと刺さるからそれは我慢だよ?」

「うん。わかってるよ」

「……じゃ、やるね」


 そういえば耳掃除をしてもらうなんて、長いことなかった気がする。

 下手すると小学校の頃以来じゃないかな。


 ふいに耳の中に耳かきが差し込まれた感触が伝わってきて、僕はぞくっと体を震わせた。


「動かないでね〜」


 そう言いながらも、コリコリと耳の壁を擦るように動かした。

 少し痛い時もあるけど、それが気持ち良くて。

 何よりも、もし彼女がぶすっと突き刺したらって、ほんの少し想像しただけで背筋がゾクゾクとしてきて、それが相まってなんともいえない感覚だった。


「はい、片方終わったよー。……結構取れたよ?」

「え、そんなに?」


 取った耳垢をティッシュペーパーの上に置いているのを見て、思っていたより多く取れているのに驚いた。


「だいぶ取ってなかったっぽいね。じゃ、反対もするよー」


 理沙が自分の太ももをポンポンと叩いた。

 ここに頭を乗せろと言いたいみたい。

 それに応えて、向きを変えた僕はもう一度膝枕をしてもらう。


「……あ、こっちのが多いね。掃除のしがいがあるよ」


 呟きながらもせっせと耳掃除をしてくれるのが、相変わらず気持ちよくて。

 ちょっと癖になってしまいそうな感じがした。

 毎日するようなものではないけれど。


「……はい。おしまい。すっきりしたでしょ?」


 終了の言葉と共に、僕は体を起こした。


「うん。……すごくすっきりした。ありがとう」

「気にしなくて良いよー。私が元々してあげたかっただけだし。でも気持ち良かったみたいで私も満足だよ」


 理沙はベッドから立ち上がると、満足そうに背伸びをした。


「それじゃ、今度はお礼に理沙を気持ちよくしてあげないと」

「――え? ちょ、ちょっと待って……!」


 僕が正面から理沙を抱きしめると、戸惑う声を上げた。

 でも拒否するような素振りはなくて、彼女も僕の背中に手を回してきた。


 そして、もう一度彼女をベッドに優しく寝かせた。


 ◆


「……ひろくんって、時々強引なところあるよね?」


 ベッドに並んで寝転がったまま、理沙はうつ伏せで両肘を付いて、僕の方を眺めていた。


「そ、そうかな?」

「うん。間違いないよー」

「だって理沙が好きだから。……声我慢してたところとか可愛いし」

「……っ! ばかぁ……!」


 僕がそう言うと、理沙は顔を真っ赤にしてゴツンと頭突きをしてきた。

 痛くないけど。


「うー。ひろくんは私のもののはずなのに、なんか立場が逆転してる気がするよー」

「そんなことないって」

「あーぁ……。初めての時はよくわからなかったけど……こんなに気持ちいいんだから、反則だよ」


 理沙は眼鏡の中の目を細めた。


「耳掃除のお礼だったから。良かった」

「……お礼って言いながら、気持ちいいのはひろくんもだよね……?」

「うん。片方が気持ちいいより、両方気持ちいいほうが得だと思うし」

「それはそうだけど……。あー、ひろくんが一人暮らし始めたら、なんか毎日こんなのになっちゃう気がしてきたよ」


 理沙はその言葉とは裏腹に、優しい笑みを浮かべて、寝転がる僕の上から唇を重ねた。

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