第23話 ロープウェイ

「……ごめんね」


 わかってたことだけど、あっさりとゲームで負けてしまった僕に、片目をつぶって理沙が謝る。

 それでも彼女の一番得意なゲームではなくて、同じ落ちゲーにしても運の要素があるものでの勝負だった。

 ……まぁ、そんなの関係ないくらい、コテンパンにされたのだけれど。


「これだけ完璧にやられると、逆にスッキリするよ……」

「あはは。……それじゃ、私のお願い事を聞いてもらおうかな」

「うん。でも無茶なのはやめてね……」


 何を言われるのかと緊張する僕に、彼女は笑う。


「大丈夫大丈夫。……あのね、このあとロープウェイ乗りたい。もしお金心配なら私出すから」


 ロープウェイは、この市内にある山の山頂に行くことができるものだ。

 子供の頃は、親に何度か連れて行ってもらったけど、ずっと行ってなかったな。


「うん、そのくらいなら良いよ。僕も久しぶりだから」

「やった。初ロープウェイ!」

「じゃもう行く?」

「うん!」


 理沙の手を引いて、大通りの突き当たりにあるロープウェイ乗り場へと向かう。

 繋いだ手をぶんぶん振ってくるのは、嬉しいからなのかな?


 往復のチケットを買って、しばらく待っていると、乗り込むロープウェイが到着した。

 彼女が先に乗り込んで、僕も続く。

 他に何組かいるけど、そんなに混んではなかったから、窓際に陣取る。


「へー、結構速い……。外から見てるとゆっくりに見えるのにね」


 動き出したロープウェイは、ぐんぐんと高度を上げて、早くも山の中腹に淘汰していた。


「そうだね。中から見るのと外から見るのって、違うこと多いよね……」

「うん。やっぱり自分で体験しないと。……お勉強できても、私が本当に知ってることって、ほとんどないんだなって」

「これからだよ」

「うん。だからいっぱい見ていきたい。……できれば、ひろくんと」


 そう言って僕の方を振り返る理沙は、少し照れてるような表情を見せた。


「そうだね。僕だってやったことないのとか、行ったことない場所だらけだから。……これから2人でやっていけたら良いなって。時間はいっぱいあるし。ダメかな?」


 僕も思ってたことを口にする。

 でも理沙は目を丸くして黙っていた。


 そのとき、ロープウェイが山頂駅に到着して、僕たちは降りた。


 手を繋いで、市内を一望できる展望台に向かう。


「うわー、綺麗だね!」

「本当にね。……夜景も綺麗なのかな? 夜は来たことないけど」

「そのうち来てみたいねー」


 これほど広く見下ろせるなら、たぶん夜景も綺麗なんだろうなって。

 僕たちは、そのあとしばらく無言で景色を眺めていた。


 ぽつりと彼女が呟いた。


「……ひろくん。さっき言ってくれた台詞。それ指輪渡しながら言うようなセリフじゃない……?」


 横目で理沙の方を見ると、彼女も同じように僕の方がちらっと見ていた。

 さっきの台詞ってなんだっけ……?


「……えっと、なんか変なこと言ったっけ?」


 考えながら返すと、彼女が僕の腕を叩く。


「えー、『これから2人で……』ってやつ。酷いよ、損した」


 頬を膨らませる彼女は、駄々をこねる子供のようにも見えた。


「ごめんごめん。……でも言ったことは嘘じゃないって」

「あはは。……じゃあ、私をドキドキさせた罰として、将来ここで夜景見ながら、同じことを言ってね! って私何言ってるんだろ……」


 理沙は言ったことに自分でツッコミながら、頬を染めて俯く。


「……えっと、それは指輪を準備し……」

「あーあー、聞こえなーい! もう忘れてー!」


 僕が確認しようとすると、彼女が慌てて口を塞いできた。

 それが可愛くて、そのまま腰に手を回して、そっと抱き寄せた。


「あ……」


 間近で目をパチパチとさせる彼女に、顔を寄せて――


 と思ったら、慌てて拒否された。


「いや、流石にここじゃ恥ずかし過ぎるから……」


 そりゃそうか。

 我に返って周りを見渡すと、何人かの観光客がこっちを見ているのが目に入った。携帯カメラを向けている人すら。

 危なかった……!


「ごめん……」


 慌てて彼女を解放して少し距離を取る。

 気まずい……。


「……ちょっとぐるっと歩く?」


 彼女の助け舟に、僕は頷いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る