第17話 忘れられない記憶

「ファーストキスの味って、わかんないね」


 唇が離れたあと、理沙は照れながら呟いた。

 よくレモン味だったり、イチゴ味だったりと言われるけど、僕にもよくわからなかった。


「……うん。でもよく考えたら味がするわけないよね」

「だね。その前に何か食べてたりしなければ」


 理系の僕たちらしく、分析は怠らない。

 ちょっとムードに欠けるかもと思うけど、気にしても仕方ない。


「でも嬉しい。ひろくん、ちゃんと私のことわかってくれてるって」

「そりゃ、あれだけ誘導されたら……ね」


 彼女は「ふふ」と呟き、正面から僕と抱き合う。

 髪のいい香りが鼻腔をくすぐり、思ってたより大きな胸が僕の肋骨のあたりに密着して、思いのほかドキドキしてしまう。


「……あのね、もう一回確かめてもいい?」


 抱き合ったまま顔を見つめてくる彼女に、すぐに2回目のキスをする。

 さっきは短い時間だったけど、今度は彼女が満足するまでと決めていた。


 ずっと唇を合わせていると、ふとどうやって息するんだって気になった。ずっと息を止めている訳にもいかないし。

 最初は我慢してたけど、そっと鼻で息をする。

 たぶん、理沙も同じかな。


「ん……」


 長い長いキスのあと、彼女は微笑む。

 暗くてよく見えないけれど。


「……やっぱりわからないね。でもこんな気持ちになれるんだったら、もう何でもいいや」

「こんな気持ちって、どんな気持ち?」


 それが僕と同じなのか気になって聞いてみる。


「えー、それ聞く? ……なんか頭がポーッとして、幸せな感じ? ……って恥ずかしいんだけど」

「あはは、ごめん。僕も一緒だよ」

「良かったー。キスでこれだけなんだったら、この先どうなるんだろ……」


 そう呟いて、僕の胸に顔を埋めた。

 この先ってのは、そりゃ男女のごにょごにょ……なんだろうけど、まだまだ先とは思いつつも、意識はしてしまう。

 というか僕も男なんだから、正直に言うとしたいに決まってる。

 でもそれ以上に理沙のことを大切にしたいと思う。


「あ、見て。さっきより凄いよ」


 ずっと彼女に夢中で見えてなかったけど、落ち着こうと周りを見渡してみたら、ホタルの数が更に増えているのに気づいた。


「うわ、ホント。明るいうちは分からなかったけど、こんなにいっぱい居たんだね」

「だね。僕も久しぶりすぎてあんまり覚えてないけど、こんなには見たことない気がする」


 さっきまで自分たちのことで頭がいっぱいだったけど、今日の目的はそもそもホタルを見ることだ。

 理沙は僕と並ぶようにして、ホタルの方に身体を向けた。

 でも、僕の腕をしっかりと持って。


「今日来られて良かったよー。私、絶対今日のこと忘れないと思う」

「うん……。僕も」


 ホタルを見たのと、初めてキスをしたのと。あ、初めてデートしたのもそうか。

 どの意味だろうかって考えたけど、たぶん全部なんだろう。

 記憶に残る出来事が重なるほど、後で「あぁ、あのとき!」ってなることを良く知ってる。

 そう、僕が卓球の引退前最後の群大会で優勝したときに、彼女が応援してくれてたなって思い出したのも、きっとそういう特別な時だったからだ。そうじゃなければ、出来事そのものは覚えていても、いつのことだったかなんてすぐに忘れてしまう。


「……歩く?」

「そうだね」


 彼女に促されて、僕たちはホタルを見ながら川沿いをゆっくり歩きだす。

 ほたる館の近くまで戻ると、観に来た人達がいっぱいいた。

 僕たちみたいにあんな遠くまで歩く人は少ないみたい。

 でも、人が多かったら、いくら暗くてもこんな路上でキスしたりなんてできなかったけれど。


 いつまででも二人で見ていたいけれど、時計を見ると帰りのバスの時間をそろそろ気にしないといけない。


「今日は僕たちの初めてづくしだったね」

「私、こんなに嬉しかったの初めてかも。今日はありがと」


 お礼を言われることなんてしてないから、少し気恥しい。


「お礼を言わなきゃなのは僕の方だって。……誘ってくれてありがとう」

「じゃ、おあいこで。……私たち、周りからカップルに見えてるかな?」


 意外なことを聞く彼女に僕は少し目を丸くする。


「え? それ以外、何に見えると思うの?」

「ええと、兄妹とか?」

「この歳で腕組んで歩く兄妹って……」

「あはは。だよね! 良かったー」


 ほっとした様子で笑う彼女が可愛くて、僕はそっと片手でその頭を抱き寄せる。


「……もう一つお願いしてもいい?」

「うん」

「じゃあ、頭撫でて欲しいの。……それもずっと楽しみにしてたから」


 僕は無言で頷くと、そっとその髪に手を遣り、流れに沿って優しく撫でる。

 街灯にうっすら照らされた彼女は少し照れた顔を見せたあと、そっと目を閉じた。

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