第16話 初めての体験

「わ、すごい! 光ってる!」


 歩き出して川沿いにつくと、探す必要がないくらい、そこら中でホタルが光っているのが目についた。

 それを見た理沙が、嬉しそうに声を上げる。


「うん、綺麗だね」


 僕も久しぶりに見て、こんなに綺麗だったかなと記憶を辿る。

 最後に見たのが確か小学校低学年の頃だから、あまり覚えてなかったし、たぶんまだ興味もそれほどなかったのだろう。


「良かったー。私、初めてホタル見にきたから、ちゃんと見られて嬉しい。こんなに光ってるんだ。……ちょっと感動」


 手を繋いで川に沿って歩きながら話をする。


「理沙は初めてなんだ」

「うん。……うち、両親2人とも仕事ばっかりで忙しくて、遊びに連れて行ってもらったことがほとんどないの」

「そうだったんだ。でも友達と遊びに行くことはあるんだよね?」

「もちろん、それはあるよ。でも、夜出歩くのはできないし、泊まりも無理だよね」


 そりゃそうだ。

 女友達と遊びに行くといっても、こんな田舎じゃ大して遊べるところもない。

 せいぜい買い物くらいかな。


「じゃ、旅行とかもそんなに行かないんだ?」

「うん。家族で行ったのなんて、記憶にないよ。外泊したの、ほんと修学旅行と少年自然の家くらい」

「僕もそんなに行くわけじゃないけど、年に1回くらいはどこか行ってる気はする」

「うー、ひろくんが羨ましいよ。……まぁ、そんなだから、本読んだりゲームしたりばっかりなんだけどね」


 なるほど。

 娯楽があんまりなくて、ゲームに没頭したりしてたのか。

 家庭事情とはいえ、ちょっと可哀想にも思う。


「ごめんね。僕は泊まりは少ないけど、さっき言ったみたいに登山とかも行くし、結構連れて行ってもらってる気がする」

「あ、ううん。別にひろくんは悪くないから、……ごめん」


 子供が親の状況で影響を受けるのは当然だけど、こうして話しをしてると、自分の経験だけで決めつけちゃ駄目なんだなと気付かされる。


「それじゃ……僕で良かったら、これから色んなところに遊びに行こうか。泊まりはまだ無理だけど……」

「うん! 私行ってみたいって思ってたところ、いっぱいあるんだ」

「じゃ、順番に行こう。……ただ、成績に影響が出ない程度に」


 そう言うと彼女が笑う。


「それはちゃんと毎日勉強してね。じゃないと遊べないよ」

「善処するよ」


 話しているうちに、ホタルの見られるエリアの端の方まで歩いてきていた。

 夜が深まって、さっきよりも光の数も増えて、飛んでいるホタルが幻想的に思えた。


「こんな感じに光るんだね……。写真とかだと見たことあったけど、やっぱり自分の目で見て体験しないと分からないね」

「僕もそう思う。ほんと、百聞は一見にしかずって言うけど、写真と動画でも違うけど、それに比べても実際に見るのは大違いだと思う」

「そう……だね。これからひろくんといっぱい初めての体験ができたら……嬉しいなって思う」


 そう呟いた彼女は、僕の手を握る力を少し強めた気がした。


「うん。僕も」

「…………あのね。私、ここでひろくんと体験したい、初めてのことがあるんだ……」


 ホタルを眺める彼女の表情は暗くて見えないけれど、口ぶりは緊張してるように感じた。


「僕にできることなら。……で、なに?」


 だいたい予想はついていたし、僕も期待してたところはあるんだけど、間違っているのが不安で聞いてしまう。


「……それは、私に言わせないで欲しいな」


 でも彼女は答えは言わず、代わりに身体を僕に寄せてきた。


「いいの?」

「もちろん。……だから恥ずかしいって」


 彼女は抗議するように僕の胸を手で叩く。

 そんな彼女の両肩を軽く掴むと、真っ暗な中でも彼女が僕の方に向けて顔を上げるのがわかった。


 ちょうどそのとき、ホタルが僕たちの間を飛び、目を閉じた理沙の顔が一瞬照らされた。


 ――そして、僕はそっと彼女に初めてのキスをした。

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