第15話 散歩

 僕たちは目的の駅で電車を降りると、ホタルの時期だけ運行されているバス乗り場に向かう。

 と言っても、ローカルな無人駅の駅前だから、降りたらすぐだ。

 先に来ていたバス待ちの人が10人ほどいて、ほとんどが家族連れに見える。

 僕たちはその列の後に並ぶ。


「ホタルいっぱいいるかな?」

「家出る前にホームページ見たけど、昨日そこそこ飛んでたみたいだから、期待していいと思うよ」

「楽しみだね」


 彼女と話をしていると時間があっという間に経って、到着したバスに乗り込む。

 もちろん、2人並んで座って。


 バスは時間通りに出発して、山に向かう。

 ひとつ小さなトンネルを越えると、そこはもう「町」ではなくて「村」と言われる地区だ。

 人口も少ないし、何もないと言ったら失礼だけど、どこを見ても緑がいっぱいの村。

 そして、その村が一年でいちばん活気づくのは、このホタル祭りが開催される時期だ。


 しばらく走ると、ホタルを観光に活用しようと建てられた「ほたる館」の前にバスが到着した。


「まだ明るいね」

「うん、散歩でもする?」

「そうだね」


 この時期は日が沈むのが遅くて、まだ周囲は明るい。

 ほたる館を中心にして、ずっと道路沿いを走っている国道――世間では酷道とも言われていたりする――に沿った川のどこにでもホタルが飛び交うらしい。

 なので僕たちは下見を兼ねて道路を散歩することにした。


 国道といっても車はほとんど通らなくて、理沙と並んで歩く。

 僕たちは、どちらから……というわけでもなく、自然に手を繋いでいた。


「ひろくんは、こういう田舎って好き?」

「うん、ずっと住むのはちょっと不便かなって思うけど、遊びに来るのは好きだよ。中学の頃、山登りとかも行ってたから」

「へー、私も好きなんだけど、登山には行ったことないなぁ」

「父さんがそういうの好きでさ。部活休みのとき、たまに連れて行ってもらったりしたんだ」


 僕の父親は登山やサイクリングが好きで、いわゆるアウトドア派だった。


「私、運動はあんまり得意じゃないけど、そういうのはやってみたいな」

「それじゃ、今度父さんに言って連れて行ってもらおうか?」

「いいの? うん、行ってみたい。……あ、でも私と付き合ってることとか、家族には言ってるの?」

「あ、言ってないや」


 そうだった。

 すぐにフラれたら恥ずかしくて、両親には言ってなかった。

 でも、最近ソワソワしてる僕の雰囲気で気付かれているかも、って気もした。


「私は一応、お母さんには言ってるよ。じゃないと、こんな時間にひとりで外出とかできないから」

「そうだね。僕は友達と行ってくるって」

「ふふ、それたぶんバレてるよ」

「そ、そうかな?」

「だって、男友達とホタル見になんて、普通行かないでしょ?」


 そう言って彼女が笑う。

 そりゃそうか。

 毎年行ってるならともかく、今年になって突然ホタル見に行くって、何かあるって思うか。


「まぁ隠してる訳じゃないし」


 そんなたわいもない話をしていると、周囲がだんだんと暗くなってきていた。

 ホタルが舞うのはもう少し先か。


 一度僕たちは最初のほたる館に戻ってきた。

 もう閉まっていたけど、入り口の前にあった自動販売機でそれぞれジュースを買うことにした。


「理沙はふだんどんなの飲むの?」

「んー、私はオレンジジュースが好きかな。炭酸はちょっと苦手なんだ。ひろくんは?」

「僕はやっぱコーラ。喉乾いてるときに飲むと気持ちいい」


 それぞれが買ったジュースを飲みながら、暗くなるのを待つ。

 こうした些細なことみたいに、彼女の知らないことがまだまだいっぱいあって、全然話し足りない。

 きっと彼女も同じだろうと思う。


 そうしてると、すぐに時間が経って周りが暗くなっていた。


「そろそろ見に行こうか」

「うん、そうだね!」


 そうしてまた手を繋いで、僕たちは歩き出した。

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