第44話 ひとつ目のミッション

「とりあえず、ひとつ目のミッションは完了だね」


 父さんに会ったあと、理沙は僕の部屋に入るなり笑った。

 笑うたびにポニーテールが揺れて、見ていて可愛いと思う。


「それにしても、育成ゲームって……よく言ったね」

「あはは。まぁ人生だってゲームみたいなもんだよ。やり直しは効かないけど」

「そうかなぁ」

「うん。仮想か現実の違いだけ。でも、終わるときに『面白かった』って思えたらいいなって」


 そう言って理沙は僕のベッドに座ると、大きく背中を伸ばした。


「理沙のゲームは今のところ順調?」

「あははー、順調だよ! いろんなサブイベントがあって楽しいし」

「良かったよ」


 僕が彼女の隣に座ると、ほんの少し肩が触れ合う。

 そして、そのままトンと僕の肩にこめかみを乗せた。


「そうだ。ひろくんって私のものになったみたいだね。お父さん公認で……」

「父さんも言い方ってあると思うんだけど」


 僕が苦笑いすると、彼女も笑ったのか、肩に乗った彼女の頭が少し揺れるのがわかった。


「んふふっ。私のシナリオだと、ひろくんと同じ大学に行って、卒業したら2年後くらいに結婚するの。……あとは、ひろくんが小説家になれるように頑張らないとね」

「……もしかして子供が何人とかまで考えてたりする?」

「それはまだ。でも2人は欲しいかな。……私もひろくんも一人っ子でしょ?」


 理沙が言うように、1人だと遊ぶのも友達と予定を合わせたりして大変だった。

 あんまり覚えてないけど。


「私はお父さんもお母さんも家にいなくて、ひとりなのが多かったから余計に。本読むか、ゲームするかのどっちかだったもん」

「そっか……。理沙の人生ゲームって、いきなりハードモードだったんだね」

「ま、別にそれが嫌いなわけじゃなかったけどね。それに、そのおかげでひろくん捕まえたんだもん。料理も覚えたしね」


 悲しそうな素振りも見せずに笑う理沙を見ていると、本当にそれが苦にならなかったんだとわかった。

 何でもポジティブに考えられるのは彼女の良いところかなって思う。


「それじゃ、次のミッションはなに?」


 僕がそう聞くと、理沙は少し顔を伏せて言った。


「このあとは、ちゃんとひろくんに問題集やってもらって、そのあとは……秘密。ふふっ」

「わかった。頑張るよ」


 あまり隠す気もない理沙に、僕は顔を寄せた。


「じゃ、ちょっとだけ前借りして良い?」

「え? ええっと……うん。ちょっとだけだよ?」


 理沙が小さく頷いたのを確認して、僕は横から肩を抱く。


「んぅ……っ」


 そっと唇を重ねると、理沙は鼻から小さく吐息を漏らした。

 そして、僕の頭に両手を回して、押し付けるように力を込めた。


 キスのあと、僕の頭に回した手をはそのままに、耳元でぽつりと呟いた。


「はぁ……。続きは勉強してからのつもりだったのに……。今はダメなのに……」

「そのぶんしっかり勉強するよ」

「うー、私の方が我慢できないなんて……プレイヤー失格だよ……」


 うなだれるようにそう言ったあと、僕の顔を見上げて笑顔を見せた。


「……私の意志が弱かったんだから、前借りはチャラで良いよ」

「理沙って自分に厳しいよね」

「……そんなことないよ。甘々だもん」


 僕はそっと理沙をベッドに寝かせて、彼女の髪に手を伸ばした。

 まだ残暑が厳しい日だったこともあってか、少ししっとりとした髪を逆なでしないように気をつけながら撫でる。


「いつも優しいひろくんが好き。……転校することにならなくて、本当に嬉しいよ」


 ◆


「……ときどき、泊まって帰ろうかなって思ったりしてるんだけど、どうかな?」


 2人で勉強をしているとき、ふと理沙が顔を上げた。


「僕は良いけど……理沙の両親が許してくれないんじゃない?」

「んー、一応聞いてみるけど、お父さんが夜勤の時なら、たぶん大丈夫だと思うよ?」

「そうなんだ。理沙って家でも御飯作ったりしてるんだよね? そっちは大丈夫なの?」

「そのへんは工夫するよー。どうせ温め直さないといけないから、ここで多めに作って持って帰るのでもいいし」


 彼女なりに色々考えてくれてるようだったけど、かなり負担が大きくなりそうで心配になった。


「でも大変だよね。今までも大変そうなのに……」

「あはは。好きでやるんだから心配しなくていいよ。ひろくんが料理覚えられるように、ちゃんと教えるし」

「あと、帰りが遅くなるのが僕としては心配」


 僕の家は幸い、理沙が家に帰る途中の駅で降りてすぐだ。

 だから、帰りにも寄りやすいし、わざわざ別に定期を買ったりする必要もないけど……。


「そだねー。それはちょっと心配かな。だから、居ても8時くらいまでだと思う」

「そうだよね。無理しなくていいから」

「うん。心配ありがとう。……なんだか通い妻みたい。ラノベとかの定番だね。あははー」

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