第43話 育成ゲーム
「あ、ひろくん! おはよう!」
翌朝、始業前に理沙と顔を合わせると、急いで僕に駆け寄ってきた。
その笑顔を見ていると、僕も嬉しくなってくる。
「おはよう、理沙」
「昨日は連絡ありがとう。それで、いつから一人暮らしになるの?」
「配属は10月1日らしいけど、1週間くらい前には横浜に行くみたい。だからその辺りからかな……」
僕がそう言うと、理沙はカレンダーを見ながら言った。
「ってことは、あと2週間くらいだね。……それにしても、良く残るの許してくれたね?」
「それは理沙のおかげかな」
「……私の?」
彼女は自分を指さしながら不思議そうに首を傾げた。
「うん。理沙のことだって、付き合ってるのだって知ってるし。……自分の都合で理沙を悲しませたくないって、父さんが」
「そうなんだー。私にとっては嬉しいけど」
「それに、僕ひとりだと心配だけど、理沙がいればちゃんとするだろって」
「あははー。ひろくん信用されてないんだー」
理沙は機嫌良さそうに、僕の胸を指でつついた。
「そうみたい。『彼女の方が大人なんだからー』って母さんにも言われたし」
「そっかー。じゃ、私も期待に応えないといけないね。がんばるよー」
そのとき、予鈴が鳴るのが聞こえてきて、理沙は「じゃ、また後で!」って言って小走りで教室に戻って行った。
薄手のセーラー服が跳ねるリズムが、心なしか楽しそうに見えた。
◆
父さんの転勤の話を聞いた週末、理沙は僕の家に来ることになっていた。
引っ越す前に、できるだけ早く挨拶しておきたいってことみたい。
「おじゃましまーす」
夏休み前に初めて来たときはだいぶ緊張してたのに、理沙は慣れた様子でいつも使っているスリッパを出して、玄関に上がった。
あれから夏休みも頻繁に来ていたこともあって、もうどこに何があるかもだいたい知っていた。
「や、理沙」
玄関で僕が出迎えると、理沙はちらっと周りを見て、誰もいないのを確認してから、おもむろに抱きついてきた。
そして僕の胸に横顔を付けて呟いた。
「……また離れ離れになるの、一度は覚悟したから……ほっとしたよ」
「そうだよね。旅行のとき約束したのに、いきなり守れなくなるかと思ったよ」
「あはは、嘘つきになるところだったね。……でもちゃんと守ってくれたから」
嬉しそうにする理沙は僕から体を離した。
「それじゃ、ちゃんと挨拶しとかないと」
少しだけ緊張した表情になった理沙は、リビングへと向かった。
「こんにちは」
「ああ、いらっしゃい」
リビングに待っていた父さんは、理沙の顔を見て挨拶を返した。
「この前は、送ってもらってありがとうございました」
「気にしなくて良いよ。うどん食べに行くついでだよ」
もちろん、うどんの方がついでだったけど、気を使わせないように父さんはそう言った。
……ちょっと無理があるような気がするけど。
「……それに今回も……ありがとうございます」
「急に驚かせたかもしれないね。大学に入ったら大丈夫だろうけど、今は受験を控えてるから、最初は一緒に行く方が良いと思ったんだ」
「それは……わかります」
「とは言え、こんな可愛くて面倒見の良い彼女は二度とできないだろうし、受験より大事なこともあるだろうってね」
「…………」
父さんの話に、心なしか照れているような表情の理沙が初々しい。
「ってわけで、弘は理沙ちゃんにあげるから、あとは煮るなり焼くなり好きにしてくれて良いよ。ははは」
最後はそう言って父さんは笑い飛ばした。
理沙は何か少し考え込んでから、真面目な顔で言った。
「……ありがとうございます。期待に応えられるように頑張ります」
「はは、弘は意外と丈夫だから心配いらないよ。成績は心配だけどね」
「あはは、それは私が指導して良い大学に行かせますから」
「理沙ちゃんにしてみたら、リアルな育成ゲームみたいなものかもな」
父さんは彼女の好きなゲームに例えて言った。
もちろん、父さんは理沙がゲームを得意なことは知らないはずだけど。
「……はい。しっかり育成して、将来……お嫁さんに貰ってもらうつもりですもん」
理沙は少し頬を染めて、僕の方を横目で見ながらはっきりと言った。
「はは、頼むよ。今は結婚しない人も多いから、こんなに早く婚約者がいるってありがたいね。……もし育成ゲームに失敗しても、リセットはできないけど良い?」
「ご心配なく。ゲームは得意ですから」
理沙はそう言って胸を張った。
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