第42話 しゃーらっぷ!

「どうしても、伝えないといけないことがあって……」


 夏休みが明けたあとの学校で、朝の授業が始まる前に、僕は理沙のクラスに行って話しかけた。

 僕自身、昨日父さんから打ち明けられたことで、まだ頭の整理ができていなかった。

 ただ、少しでも早く、彼女と相談したくて。


「……どうしたの? ひろくん……」


 僕のその空気を感じ取ったのか、不安そうな声で理沙が聞いてきた。


「うん。ちょっと外、良い?」

「良いけど……」


 彼女のクラスでも、僕らが付き合っていることはもう知られていて、またかーっていうくらいの周りの反応だ。

 それを横目に、僕は理沙を連れて廊下に出た。


「……それで、どんな話?」


 元々学校では眼鏡を掛けて地味な彼女だけど、今日は不安な顔をしていて一層暗く見えた。

 そんな顔をさせて申し訳ないと思いながら、僕は口を開いた。


「あのね……。昨日決まったらしいんだけど……父さんが転勤で横浜に行くことになって。新しい支店を作るっていう話」

「え……! それって……ひろくんは……?」

「単身赴任するか、家族で行くかって話になってて……両親は、家族でって考えみたいなんだ……。僕は嫌なんだけど……」


 理沙がごくりと喉を鳴らして唾を飲み込むのがわかった。

 しばらく黙っていたけど、震える声で僕に言った。


「……ひろくん、引っ越すことになるの……?」

「まだわからないけど、そうなるかも……」

「…………いやだよ。だって、一緒に勉強して大学行くって、約束したよね……? 高校でいっぱい思い出作るって話したよね……?」


 潤んだ目で、理沙が言った。

 それは彼女と付き合ってから、何度も言い合ったことだった。


「うん……。そうだね……」


 僕が頷くと、理沙は目を伏せた。


「……でも、自分たちだけじゃどうにもならないこともあるよね。まだ高校生だもん。……どうなるか決まったらすぐ教えてね……?」


 あからさまに肩を落とした理沙は、僕にそう言うと、ふらふらと教室に戻っていった。

 それを僕は見ていることしかできなかった。


 ――その日、僕はそれ以降理沙と会わず、まっすぐに家に帰った。


 ◆


 夜――。


『こんばんはー』


 僕は両親と相談したあと、理沙にメッセージを送った。


『こんばんは(/・ω・)/ どうしたの?』


 相変わらず、数秒で返信が返ってきた。


『うん。朝の話、少し進展があったから相談しようと思って』

『(@_@)ドキドキ……』

『実はね……』

『うん……』

『あのね』

『……おそーい(# ゚Д゚)クワッ』


 勿体ぶってやり取りを長引かせてみたら、理沙は焦れたみたいだった。

 それを見て僕は少し笑いながら、続きを送った。


『ゴメンm(_ _)m 父さんの転勤だけど、3年くらいの予定みたいで。それで、今住んでるの持ち家だから、家はそのままにしておくって』

『……つまり?(・・?』

『母さんは付いていくけど、僕は転校せずに一人暮らしすることになった』


 僕がそのメッセージを送ってから、珍しく返信が途絶えた。

 そして――。


 返ってきたのは返信ではなく、彼女からの着信だった。


「どうしたの?」

『…………ぐすっ。……ひろくん……』


 電話口から聞こえたのは、珍しく泣き声の理沙の嗚咽だった。


「僕も理沙と離れたくなかったから……なんとか説得したよ。毎日ちゃんと食べてるか、晩御飯の写真送るとかさ」

『……そうなんだ……。ありがとう……』

「だから、料理とかも教えてよ。じゃないと毎日野菜炒めになっちゃう」

『……うん! 任せて! ……料理も私が師匠だねっ』


 落ち着いてきたのか、だんだんいつもの彼女に戻ってきたようだった。


「そっか、そうなるかー」

『あははー。毎日帰りに寄ってあげるよ!』

「えー、それは悪いよ……」

『しゃーらっぷ! 体壊したらダメなんだから。勉強も含めて、私が面倒見るから任せなさいっ!』

「……うん。わかった。これからもよろしく」

『うん。……本当に嬉しいよ。……もう会えなくなるかもって、思ってたから……』

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