第41話 余韻

「楽しかったー」


 僕たちは午後3時過ぎの特急列車に乗っていた。

 しばらく本屋で理沙と新しい本を物色して、それからもう一軒、うどん屋に寄った。

 2軒目の店では『かまたま』ってうどんを初めて食べてみたけど、予想以上に美味しくて、僕は1回お代わりをしてしまったりも。


「うん。うどんも美味しかったし。また来たいね」


 電車ではなくて、聞き慣れたディーゼル車の音を響かせて海沿いを走る列車の窓から、理沙は外を眺めてた。

 その横に座って、彼女の頭越しに僕も外を見る。


「ひろくんと初めて旅行に行けたから、私は大満足だよー。正直、帰りたくないって思うよ」

「僕もそうだけど……ずっとって訳にはいかないし、仕方ないよね」

「もちろん、そうなんだけどね……」


 理沙は僕の方に顔を向けて、少し残念そうな表情を見せた。


「よく言うよね。時間がある学生の時はお金がなくて、ある程度お金が使える大人になったら今度は時間がないって」

「だねー。大学のときにバイトして目一杯遊んでおかないとね!」


 僕の話に笑顔で頷きながら、その目を輝かせて、続けて言う。


「……そのためには、今のうちにしっかり勉強しようね。協力するから」

「やっぱそうなるかー」

「あはは、当たり前だよ。私はひろくんの師匠だよ? ちゃんと弟子の責任取らないとだから」


 列車は県境に差し掛かり、海から離れていく。

 そして、今度は山あいの中を抜けて走る。


「地元に戻ってきたね。……って言っても、一度市内で乗り換えだけど」

「うん。……次のこと、相談しておきたいんだけど。残りの夏休み、どうする?」

「そうだなぁ……。小遣いではもう旅行にはとても行けないし……」


 理沙の話に、僕は残った財布の中身を頭に思い浮かべながら呟いた。

 今回の遊園地に行くのでも、親に無理言って前借りしてきたから。


 そんな僕に、理沙が提案を投げかけてきた。


「じゃあさ、今度私のうちに泊まりに来てよ。お父さんが夜勤のときだったら、たぶん大丈夫だから」

「え、大丈夫かなぁ……」

「あはは。きっと大丈夫だよ。お母さん良く知ってるでしょ?」


 そう言って理沙は笑った。


「で、宿題したりゲームしたり。……そのあと、くっついて布団に入って夜更かし! 絶対楽しいよ」

「わかった。じゃ、いつにするかは相談だね。……泊まりじゃない日も遊びに行くけどね」

「だね。私は毎日でも良いからねー」


 ◆


 市内でいつも乗っている路線の列車に乗り換えた僕たちは、それから40分ほどで理沙の家の最寄駅に着いた。

 僕の家は3駅ほど離れているから、理沙とはここで別れることになる。


「……離れたくないなぁ」


 列車がもう少しで駅に着くという頃、理沙は少し俯いてぽつりと呟く。

 それは僕も同じ気持ちだったけど、終わりがあるから次を楽しみにできるって思うと、これも仕方ないことだなって思う。


「心配ないって。明日も朝から会いに行くから」

「うん! 楽しみに待ってるね。ひろくん用の問題集、準備してるから」

「えー、それはちょっと……」

「あはは。もし模擬テストで良い点取れたら、そのあとはお楽しみ――だよ?」


 理沙は笑いながらも、少し頬を染めて目を細めた。


「それは頑張らないとだね。……って成績良くならないとダメなの?」

「もちろん! 飴と鞭って言うよね? 今のひろくんには、一番効果的かなって」

「ははは……」


 僕は苦笑いするしかなかった。

 でも理沙は最後にぽつりと言った。


「……でも、いつまでも点数悪いと、私のほうが先に我慢できなくなりそうだから。頑張ってよね」

「善処するよ」


 列車が駅に停まり、理沙が座席を立ったとき、僕も扉のところまで一緒に行く。

 そして、彼女が降りる直前にそっと頭を撫でると、理沙は振り返りながら笑顔を見せた。


「ばいばい。……また明日ね」


 列車を降りた理沙は、発車して見えなくなるまで、ホームで小さく手を振ってくれていた。

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