第48話 外から見る紅葉、中から見る紅葉

「このあたり、すごく綺麗だね」


 もう少しで登山口に着きそうなところまでバスが登ってくると、理沙はずっと窓に張り付いて景色を見ていた。

 その頭越しに僕も紅葉を眺める。


「うん。これが見せたくて」

「登ると、もっとすごい?」

「どうかな。一番綺麗なのはこの辺りかもしれないけど、上から見下ろす紅葉も綺麗だから」

「へー。楽しみだね」


 嬉しそうにしている理沙を見て、誘って良かったと思った。

 心配していた車酔いとかもなさそうだし。あ、僕はちょっと酔ってるけれど……。

 でも、目の前で揺れる理沙のポニーテールが可愛くて、その房を軽く梳くように触った。


「……どうしたの?」

「いや、なんとなく」

「ふーん」


 そのまま触っていると、理沙は頭を振ってわざと房を揺らしてくる。


「猫じゃらしみたいだね?」

「そうかも」

「あははー。――あ、もう着きそう?」


 笑いながら、理沙は遠くに見えた建物を見て言った。


「あ、そうかな。ようやくだね」


 ◆


 バスが登山口の駐車場に停車して、僕たちを含めて乗っていた全員が降車した。


「結構肌寒いね」

「うん。ここで標高1400mくらいだから、10度くらい低いのかな。でも登ってるとすぐ暑くなるから」

「そうなんだ」


 理沙は荷物からキャップを取り出して、頭に被る。後ろの穴のところからポニーテールを引っ張り出すようにしながら。


「途中のリフト乗り場までトイレとかないから、ここで行っておいた方がいいよ。上のはあんまり綺麗じゃないし」

「うん。わかった」


 ここの登山口からは、山頂の半分くらいまでリフトが通っている。

 少しお金がかかるけど、楽に登るならそういうのもアリだ。

 でも、下から全部歩いてもそんなに大した距離じゃないのを知っているから、今日はリフトを使わないつもりだった。


「それじゃ、行こうか」

「はーい」


 僕が声をかけると、理沙は片手を上げて返事をする。

 ――子供みたいでなんか可愛いな。


「あ、今子供みたいって思ったでしょ⁉︎」

「ええっ、そんなことないって!」

「そんな顔してたー」

「『可愛いな』って思っただけだから」


 僕がそう弁明したら、理沙は少し照れたような顔をした。


「……そ、そう?」

「そうだって。――行こうよ」

「うんっ!」


 僕が歩き出すと、弾んだ足取りで理沙がついてくる。

 この山は登山口の最初に神社があって、その階段を上がっていく。


 簡単に参拝をして、怪我なく帰って来られることを祈った。


 そこからは遊歩道のような広めの登山道が続いていて、僕らは雑談をしながら歩く。


「晴れてるけど、山の中は結構しっとりしてるね」

「そうだね。季節にもよるけど」

「ふーん……。紅葉もバスから見たのとだいぶ雰囲気違うし」


 理沙は周りを見ながら感想をこぼした。


「どっちが好き?」

「どっちも綺麗だと思うよ? 外から見たのは明るくて、いわゆる『紅葉だー!』って感じ? ここから見るのは下から見てる感じだから、上を見たら葉っぱが透けて見えて綺麗だし」


 一度足を止めて、理沙が「ほら」と上を指差した。

 僕もそれを眺める。

 木漏れ日がきらきらするのと同時に、透けた黄色や赤い葉っぱが幾重にも重なって、語彙力がないけど、ただただ綺麗に見えた。


「こういうの、写真でしか見たことなかったから。……ありがとう、誘ってくれて」

「そんな気にしないでよ。理沙にはいろんな景色見せてあげるから」

「うん! 楽しみにしてるねっ」


 笑顔で頷くと、理沙は先に歩き始めた。

 まだまだ序盤だけど、この感じなら大丈夫そうかな。


 1時間ほど歩いて、リフト乗り場に着いた。

 登山口からリフトで登ってきている人たちは、ここで降りて山頂を目指すことになる。

 でも、ここまでの道は森の中。ここから上は背の低い木が多い道を歩く。

 結構雰囲気が違っていて、せっかくなら両方楽しむ方がいいと、僕は思う。


「ちょっと休憩しよう」

「うん」


 僕たちはベンチに座って遠くを眺める。


「うわー、遠くまで見えるね」


 秋空の雲は高くて、澄んだ空気ってこともあって遠くまでよく見えた。

 僕は遥か遠くに見える小さな山を指差して言う。


「理沙。あの遠くの山、見える?」

「え、どこ?」

「あれなんだけど……」


 理沙は視線を合わせるように、僕の体に潜り込むようにして、指差す方を探す。


「えっと……あの、白っぽい山?」

「うん。あれ大山だいせん

「へー。すごく遠いよね? ここから見えるんだ……」

「条件良くないと見えないけどね。ラッキーだよ」

「日頃の行いだね。あははー」


 そう言って理沙が笑うと、そのまま背中を僕の胸に預ける。

 それを受け止めながら、僕は彼女の体にそっと腕を回した。

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