第49話 山頂へ

「そろそろ行く?」

「うん」


 10分ほどベンチで座って休憩したあと、僕が促すと理沙は頷いた。

 ここから見下ろす紅葉はすごく綺麗で、ずっと見ていたくなるけれど、まだ山頂まではだいぶある。

 また帰りにここに寄るから、時間があればその時に見ることにしようと思う。


「山頂まであとどれくらい?」

「ここでちょうど半分くらい。……疲れてない?」

「このくらいなら大丈夫」


 楽しそうに理沙が笑うのを見ていると、まだまだ元気そうだ。


 リフト乗り場を過ぎると、徐々に高い木が少なくなってきて、枝ぶりも細い木が増えてくる。

 歩いていても、真っ赤になったナナカマドのアーチが綺麗で見ていて飽きない。


「この辺は赤と黄色がはっきりしてるね」

「うん。このくらい上になると、紅葉する木は限られてくるから。赤いのはナナカマドかドウダンツツジで、黄色いのはダケカンバ。もう少し上に行くと、木がほとんどなくてクマザザの草原になるかな」


 僕の説明を頷きながら聞いていた理沙が、不思議そうに言った。


「なんでひろくん、そんな詳しいの?」

「全部父さんの受け売りだって。来るたびに説明されてたから」

「でも興味なかったら覚えないよね、わざわざ」


 理沙の言うことももっともだと思う。

 教えてもらっても、興味がなかったらすぐに忘れちゃうと思うし。


「色々知っておいたら、役に立つかなって。……今みたいに」

「あはは、そうだね。ちょっとひろくん尊敬しちゃったよ」


 そう言って理沙が笑った。

 学校の勉強だととても理沙に敵わないけど、どっちかというと僕はそういう雑学の方が得意だったから。


「まぁ、なんでも知ってると小説書く時のネタにもなるしね。知識だけじゃダメだけど……」

「私は駄目だなぁ。教科書とか本で覚えられることしか知らないんだもん。ひろくんを見習わないと」

「どんなに知識が豊富な人でも、知らないことだっていっぱいあるしね。だからお互いに補っていけば良いんじゃないかな」

「そうだね」


 だんだん頭の上に木がなくなって、日差しがキツくなってきた。

 気温は低いから暑くはないけど。


「あとちょっとかな。あの上に見えてる小屋。あそこが山頂の近く」

「わかったー」


 僕が指差す先には、青い屋根の小屋が見えていた。

 ここまで来たらもうすぐだけど、逆に階段状の坂がキツくて息が上がる。

 少し空気が薄いってのもあるかな。

 でも理沙は思ったより平気そうで、僕の方が肩で息をしていた。


 階段を登り切ったら、ようやく山頂にあるヒュッテに出た。


「お疲れ。あとは散歩コースだよ」

「やった!」


 調子良く歩いてきた理沙は、そのまま山頂に向けて足取り軽く進む。

 山頂付近は、植物が傷まないように木で作られた遊歩道が張り巡らされていた。

 ちょっと歩きにくいけど、その上を歩いていくと、山頂の看板はもう目の前だった。


「あれ山頂?」

「うん」


 先に登ったグループが看板の前で写真を撮っていた。

 それに倣って、僕たちも人が空いたときに並んで写真を撮る。


「思ってたよりは楽だったね」

「そうだね。……その辺りでお弁当食べる?」

「だねー」


 山頂近くのベンチが空いていたから、そこに座って、僕が背負っていたリュックから弁当を取り出した。

 これは昨日の晩に理沙が作った弁当だった。

 ふたつのタッパーで、片方はおにぎり。もう片方はおかずがいっぱいに詰められていた。

 それを見ながら理沙が呟いた。


「なんか遠足とか運動会みたいだね」

「そうかも。こういう弁当食べるのって懐かしい気がする」


 小学校の頃の運動会で、昼の時間にお母さんが作った弁当を広げて、家族みんなで食べたのが懐かしく思えた。

 でも、もう何年もそんなことは記憶にない。

 もしかしたら、もう二度とお母さんの弁当を食べることってないかも……。


「理沙って、お父さんいつも忙しいって言ってたけど、運動会とかは来てくれたの?」

「うん。毎年来れるわけじゃなかったけど、たまに来てくれてたよ」

「そうなんだ。……いただきます」


 僕はまず最初におにぎりを頬張る。

 お腹が空いていたこともあって、塩の効いたそれがすごく美味しく感じた。


「美味しいね」

「あはは、おにぎりなんて誰が作ってもほとんど同じ味だよー」


 理沙はそう言って軽く笑ったけど、嬉しそうにしているのを見ていると僕も嬉しくなった。

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