第50話 下山
「それじゃ、降りようか」
弁当を堪能したあと、昼過ぎまでしばらく山頂付近からの景色を見てから、僕たちは下山することにした。
いくつものルートがあるけれど、今回は初めてだし、来た道をそのまま帰ることに。
「下りは体が軽いね」
「まぁ、登りに比べたらすごく楽だよね。でもつま先とか痛めやすいから、靴紐はキツめに結んでおいた方がいいよ」
「わかったー」
理沙は頷くと素直に結び直していた。
「怪我は下山の時の方が多いから、気をつけてね。ゆっくり降りても、登りよりずっと早いから」
「うん」
そう言いつつも、理沙はどんどん降りていく。
大丈夫かなぁ……。
心配しながらも後ろから追いかけるようについていく。
登りだと1時間くらいかかったリフト乗り場までのルートも、その半分くらいの時間で着いてしまった。
「早いよ」
「あはは、つい……」
「とりあえず、ちょっとだけ休憩しようか」
「まだ全然大丈夫だよ?」
バスの時間を確認すると、ちょうど1時間後くらいに下山のバスがあるみたい。
ここまでの登りが1時間くらいだったから、かなり余裕をもって降りられそうだ。
「バスもまだまだ大丈夫だから。5分くらい」
「うん。じゃ、少しだけ」
理沙はベンチに座ると、荷物から飲み物を取り出して喉を潤していた。
暑くはないけど、喉は乾いてしまうから、時々休んで水分は取らないと。
「ねぇ、ひろくん。朝よりちょっと霞んできた気がする?」
「そうみたい。雨が降ったりはしないと思うけど」
朝登った時に比べると、少し遠くが見えにくくなった気がした。
夏だと午後になると、にわか雨とかが心配だからもっと早い時間に登りたいけれど、この時期ならそこまで心配はないかな。
「そろそろ行く?」
ぼーっと景色を見ていると、5分くらいあっという間だった。
軽く足をマッサージして、僕たちは立ち上がった。
「あとはまっすぐ降るだけだから。足挫いたりしないようにね」
「うん」
結局、それからリフト乗り場から登山口までも、30分くらいで着いてしまった。
「あはは、到着!」
「早かったね。……まだバスまで時間あるから、そこの店で団子でも食べる?」
「へー、そんなのあるの?」
僕が店を指差した先では、焼かれた団子が売られていた。
「僕も初めてだけどね。父さんと来るときは、すぐ片付けて車で帰っちゃうから」
「車だと便利だけど、疲れてるときって運転大変そう」
「父さんもときどき眠そうにしてたよ。でも、帰りに温泉に寄ったりできるし」
「あ、それいいなぁ。温泉……」
理沙が羨ましそうにするけれど、バスだと途中で温泉に寄ったりするのはちょっと難しいから、まっすぐ帰るしかない。
「そのうち免許取るだろうし、また行こうよ。あと2年もないんだし」
「そっか、もう1年半で卒業だもんね……」
そう考えたら、高校生活って短いなぁって思う。
特に、今年は理沙と付き合うようになって、時間があっという間に過ぎる気がしてたから。
「じゃ、とりあえず団子食べようよ」
「うん」
◆
そのあと、予定通りのバスに乗って、僕たちは登山口を後にした。
来る時と同じ駅まで送ってくれる。
僕たちは登山の疲れもあって、寝てしまっていたようで、気づいたときにはもう駅に着いていた。
「晩ごはん、何がいい?」
電車に乗って帰りながら、理沙が聞いてきたから、僕は腕を組んで考えた。
「うーん……塩分濃い目の料理がいい……。魚の塩焼きとか」
「魚かぁ。冷凍の鯖があるから、それでいいかな?」
「うん。あと、できたら炊き込みご飯とか」
「んー、いいよ。今晩は泊まれるし、ゆっくり食べよ」
そう言って理沙が笑う。
今日は土曜日だし、明日は家でのんびりする予定だった。
たぶんというか、予想通りなら、明日はちょっと大変なことになるだろうし。
◆
「ひろくんって、今日の山以外も色々登ってる?」
僕の家で向かい合って夕食を食べながら、理沙が聞く。
炊き込みご飯の準備をしたあと、食事前に2人ともお風呂に入ったから、汗もさっぱりして気持ちよかった。
「5箇所くらいは行ったけど、そんなにはまだ。行っても年に2回くらいだし」
「そっか。違う季節とかだとどんな感じなのか気になるなぁ」
「冬は僕もないんだよね。父さんは行ってたけど。すごく綺麗って」
父さんが登った時の写真を見せてもらったことがある。
冬になって葉の落ちた枝に樹氷が付いて、キラキラと光っていたのが印象的だった。
「それ寒そう……」
「寒いのは寒いって言ってたけど、風があるかどうかとかで全然違うらしいから。天気良ければあんまり寒くないって。まぁ、冬はバスがないし、リフトもないから、車じゃないと行けないけどね」
「そうなんだ。……いつかそういうのも見てみたいな」
理沙はそう言うと、まだ見たことのない景色に想いを馳せているように見えた。
初めての山登りは思ってたより気に入ってもらえたようで良かったと思う。
……まぁ、大変なのは翌日なんだけどね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます