第51話 山登りの翌日は

「……ねぇ、ひろくん」


 翌朝、同じベッドで寝ている理沙が目を覚ましたのか、僕に声をかけてきた。


「どうしたの?」

「うん。……動けない」

「だよね。そう思ってたよ」

「えー、ひろくんはどうなの?」

「動けないほどじゃないけど、僕も痛いよ。そりゃ……」


 そう、昨日の登山での筋肉痛が身体中、とりわけ太ももあたりに発生していた。

 僕も久しぶりだったから、多分そうなるだろうなって思ってたけど。

 特に、理沙は初めてだろうから、その痛みは相当なものだと思う。


「……体起こすのも嫌だよー」

「といっても、ずっとそうしてるわけにもいかないよね?」

「うん……。お手洗いに行きたいの……」


 生理現象はどうしようもないよね。

 僕はなんとか痛む体を起こしてベッドから這い出ると、ぎこちない歩き方で理沙のほうに回った。


「とりあえず、体だけ起こすから、力抜いて」

「う、うん……」

「いくよ、ほら」


 両手を引っぱって、理沙の体を起こした。

 それすら痛かったのか、顔を顰めていたけど、なんとかベッドの上に座ることができた。


「……痛いよー」


 理沙はそう呟きながら、体を回して両足を床につく。

 問題はそこからだ。

 立ち上がるには、両足に力を入れないといけないけど、多分それが一番痛いと思う。


「ううー、むりー。掴まらせて……」


 ひとりで立つのが辛いのか、両手を僕のほうに伸ばしてきた。

 僕は肩を貸すようにしながら、理沙を立ち上がらせる。

 で、一歩一歩、ゆっくりと歩く。


「――あ、痛っ!」


 ちょっと力の入れ方が悪かったのか、時々動きが止まるのを支えるけど、僕も結構な筋肉痛だ。

 だから、こうやってしがみつかれると、正直結構辛い。

 まぁ、理沙に抱きつかれるのはそれはそれで悪い気持ちじゃないけど。


「たぶん、階段降りるのが一番辛いと思う」

「ええーっ。トイレ1階にしかないのに……」


 残念だけど、僕の家は2階にはトイレがなかった。

 だから、なんとか頑張って下に降りないと、トイレにも行けない。


「ふぅ。……ちょっと慣れてきたかな」


 階段の前まで来て、一息ついて気合いを入れた。


「よし。降りるー」


 手すりに掴まって、そーっと一歩階段に足を伸ばす。


「――つぅ!」


 その時、理沙の顔が痛みで歪んだ。

 僕も経験があるけど、本当に痛いんだよなぁ……。

 かといって、僕が何かをしてあげることもできない。


「……んっ! あっ!」


 一歩ごとに小さく声を出しながらも、ゆっくりと階段を降りていく。

 ただ、それもだんだん痛みに慣れてきたのか、徐々にペースが上がって、ようやく1階に辿り着いた。


「やった! 階段に勝ったよー」


 負けるような相手じゃ無いと思うけど、小さく拳を握りしめた理沙が僕に笑顔を見せた。

 まぁ、理沙は負けず嫌いなところがあるから、そういうつもりだったのかも。


「もう大丈夫?」

「うん。だいぶ慣れたよ」


 そう言って、理沙はそそくさとトイレに入っていった。

 僕もトイレには行きたいけど、先に洗面台に行って顔を洗う。

 それから、キッチンで2つのグラスにオレンジジュースを注いだ。


「ふー。危なかったー」


 トイレから戻ってきた理沙に、僕はグラスを手渡す。


「ありがと」

「気休めだけど、クエン酸摂るとちょっと回復早いって聞くよ」

「そうなんだー」


 理沙は喉が渇いていたのか、ジュースを一気に飲み干してから、ようやく笑顔を見せた。


「あはは。今日が日曜で良かったよ。学校だったら行けなかったかも」

「そう思って、山行くの土曜にしたんだ」

「えー、最初からこうなるってわかってたんだ。ひろくんは」

「まぁ……ね」


 予想通りだったけど、あえて先に言わなかったのだ。


「酷いなぁ。先に教えてくれたら良かったのに」

「知ってたら、行くのやめるーってなるかもって思って」

「ぷんぷん。そんなこと言わないよ。でも黙ってたのは減点!」


 そう言って理沙は笑いながら、僕の太ももに手を伸ばして、ぐいっと掴んだ。


「――あ、いったぁっ!」


 僕にだって筋肉痛があったから、それがすごく痛くて。

 つい大きな声が出てしまった。


「あははー。これで許すよー」


 そんな僕を見て、理沙はけらけらと可愛らしく笑った。

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