第47話 紅葉狩り
「ところでさ、今度山に紅葉見にいくのってどう?」
僕は理沙が作ってくれた夕食を一緒に食べながら、カレンダーを見て思いついたことを言った。
理沙はあんまりアウトドアの経験とかないって言ってたし、確か10月末ごろに山に行けば、綺麗な紅葉が見れたはず。
「それって登山?」
「うん。見るだけでもいいけど、せっかくなら登ってみると良いかなって」
「うーん……。行ってみたいけど、私の体力で大丈夫かなぁ」
「大丈夫だよ。僕、保育園の頃に登ってるらしいし」
僕は記憶にないけど、父さんに連れられて、保育園に通ってた頃に一度登っているらしかった。
普通よりもだいぶ時間はかかったみたいだけど。
だから、高校生の一般的な体力があれば、十分に登れると思った。
「へー、ひろくんてそんな頃から連れてってもらってたんだね」
「そうみたい。理沙なら余裕だと思うよ」
「そっか。それじゃ、チャレンジしてみるね。でも、どうやって行くの?」
「最寄りの駅から登山口までバスが出てるから、それに乗れば大丈夫っぽい」
僕は携帯で調べて、その画面を見せた。
理沙はそれを覗き込むように身を乗り出す。
「ホタル見に行った時とおんなじ感じだね。……いつ行く?」
「たぶん筋肉痛になるから、土曜日がいいかな。10月の最後の土曜」
「んーっと。……あ、その晩は泊まれる日だよ。ちょうどいいね」
理沙が手帳でスケジュールを確認する。
今は週に1日か2日、僕の家に泊まって帰ってるけど、ちょうどその日は大丈夫な日みたいだった。
「天気が悪かったら延期だけどね」
「それは仕方ないよね。登山靴とかないけど、大丈夫?」
「天気が良かったら、運動靴で大丈夫だよ。服も体操着とかでもいけるし」
僕は理沙が体操服を着て山に登っている姿を想像してみた。
……どう見ても、遠足みたいだな。
理沙も同じことを思ったのか、眉をひそめた。
「流石に体操服はちょっと。これっきりってこともないと思うし、どうせなら買おうかな。ひろくんはそういうのって持ってる?」
「うん。父さんが買ってくれたからね」
「なら私の分だけで大丈夫かな。もうこれ以上、そんなに成長しないと思うし」
「わかったよ。そうしようか。マルシーにも売ってるとは思うけど、市内の方がいいかなぁ」
僕の持ってる服は市内にある、アウトドアショップで買ったものだ。
父さんがちゃんとしたものを選ぶほうがいいって、少し高かったけど選んでくれた。
「じゃ、この土曜に行こうよ。デートだね」
◆
登山に行くって決めていた日は、幸い快晴の予報だった。
「道がすごいね」
「そうだね。狭いし、よくこんなところに道作ったよね」
理沙は朝に一度僕の家に来て、そこで山に行ける服に着替えた。
バスで行くって予定だから、不要なものは持たないようにするためだ。
こういうとき車で行ければいいんだけど、仕方ない。
それからまた電車でバスの乗り場がある駅まで行って、今はそのバスに揺られていた。
しばらくは山あいの道をゆっくり走っていたが、途中から民家が途絶えると、ぐんぐん高度を上げて急峻な山の隙間を縫うように走っていく。
「ちょっとずつ色づいてきたかな?」
ずっと外を見ていた理沙が、僕の顔を見て言った。
確かに、時々黄色くなってる木が混じり始めているような感じだ。
「そうだね。でも、上の方はすごいと思うよ」
「楽しみだね。紅葉狩りとか来たことなかったし」
そう言う理沙の目は、まだ見えない先の目的地に向けられていた。
それからしばらくして、彼女は小さな声で呟くように言った。
「……こんなに大きなバスなのに、この狭い道を走っていくの……運転手の人すごいよね」
「うん。よっぽど慣れてるんだろうね」
「でも、ちょっと運転ミスしたら崖の下だよね。私たちも一緒に……」
窓の下を見ると、かなりの崖深くに川が見えている。
もしガードレールを突き破ったりすると、そのままあそこまで落ちるのだろうかと思うと、とても助かるような高さじゃないことは確かだった。
気にしたこともなかったけど、ふとそれを思うと背筋がぶるっとしてきた。
「ひろくんちょっと顔色悪いよ?」
「理沙が怖いこと言うからだって」
「あははー。ジェットコースターも苦手なひろくんだからね」
そう言って理沙は笑った。
僕は何も言い返せずに、窓の下を見るのをやめて、座席に座り直してひとつ深呼吸した。
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