第46話 関係の変化
「それじゃ、弘をよろしく頼むよ」
「はい、わかりました!」
土曜日の朝。
横浜に出発するとき、なぜか父さんは理沙に最後そう言ってから車に乗り込んだ。
母さんも同乗して、横浜に借りた社宅に向かうのだ。
今日は交代しながら、1日運転する予定みたいだった。
「気をつけて」
僕がそう言うと、車の窓から2人は手を振り、車を発進させる。
これからはたまに帰ってくるくらいで、僕はこの家に1人で暮らすことになる。
見送りのためにわざわざ来てくれて、隣に立っていた理沙がそっと僕の手を握った。
「行っちゃったね」
「うん」
「寂しくなる?」
「うーん……。まぁ大学に入ったら1人暮らしするつもりだったから、1年ちょっとそれが早くなったくらいかな。それに今は理沙もいるし、大丈夫だよ」
僕がそう言うと、理沙は怪訝そうな顔をして聞いてきた。
「え? 『今は』、なの?」
「あっ、そういうつもりじゃなくて……」
「えぇー、じゃあどういうつもり?」
「『前とは違って』って意味だって。日本語難しいなぁ……」
斜め下から見上げる彼女の視線に、僕は取り繕うように言った。
「あはは。でも、どうせ私と同じ大学行ってもらうんだから、ひろくんの1人暮らしは今だけだよ」
その返答に満足してくれたようで、彼女は笑顔を見せて「じゃ、家入ろ」と僕の手を引いた。
……僕の家なんだけど。
◆
僕の家に戻ったあと、理沙はキッチンに入ってストックされてるものをチェックしていた。
「――とりあえず、買い物行く?」
「そうだね。あ、今あるものは好きに使っていいって言われてるから」
「うん。わかったよ。当面は大丈夫そうだから……すぐ要るのは日持ちがしないものくらいかな……」
冷蔵庫の中も細かくメモに残していく。
「んー、先に1週間分の献立作った方が楽かな……」
理沙は手帳を見ながら、スケジュールを考え始めた。
どうしても都合が合わなくて来れない日もあって、そういう日はカレーやシチューなどを、前日に作り置きをしてくれるらしい。
そこまでしてくれなくてもなんとかするよ、って言ったんだけど……。
「……こんなものかな。あとはスーパー行って安いもので考えよっと」
理沙はひとつ頷いて、手帳をバッグに仕舞った。
◆
「普段の朝は無理だから、自分でなんとかしてね。ご飯抜きはだめだよ?」
「うん。いつも食パンだったから、大丈夫」
買い物を終えた帰り道。
1週間分の食材はずっしりと手に食い込む。
母さんは車で買いに行ってたから気にならないのかもしれないけど、これは結構大変だってことに気づく。
転勤が決まってから母さんに家事とかは教えてもらってきたけど、全部1人でするってのは正直まだ無理だと思う。
「来週からは金曜の帰りにマルシーで買って帰ろ」
「そうだね」
確かに、学校帰りのショッピングモールで買い物をして、電車で帰るほうが楽だろうって思った。
「帰ったら昼はオムライスね。夜は秋刀魚と栗ご飯だよ」
「へー、楽しみ」
「それ以外の時間は、がんばって次の中間テストの勉強だよ。みっちり教えてあげるから」
「が、がんばるよ……」
そう言った理沙の眼鏡がキラリと光ったような気がした。
◆◆◆
月曜日の放課後、たまたま理沙と2人で図書委員の当番になっていた。
図書室に入ってすぐ挨拶すると、司書の山崎先生が聞いてきた。
「あなた達2人でって、久しぶりじゃない?」
「そうですね……。しばらく重ならなかったので……」
「ですよね。今日はテスト前ですし、人はそんなに来ないと思いますよ。……だからといって、ここでイチャイチャするのはだめですからね? ふふっ」
「……しませんって。先生」
山崎先生が含みのある言い方で理沙を見ると、彼女は困ったような顔をする。
もちろん、先生は僕たちが付き合っていることを知ってる。
……というか、顔見知りの同級生含めてみんな知ってるんじゃないだろうか。
「1学期はあんなに初々しかったのに、今は堂々としてるわねぇ……」
「…………!」
しみじみと言った言葉に、理沙が顔をハッとさせたように見えた。
「……そうでしょうか? あまり自覚はないんですけど……」
「えっと、私から見てる限りですけどね。最初は不安そうだったのに、今はもう何年も一緒に居るみたいな感じがするわ」
「そ、そうですか……?」
先生の話を聞いて、理沙が照れていた。
僕も当事者だからか、あんまり実感はわかないんだけど……。
「ふふ、なんとなく……ね。……羨ましいわ」
それを最後に、先生はそれ以上何も言わなかった。
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