第53話 入院、再び
「ううぅ……」
部屋に入った僕は、ベッドの上で苦しそうにしている理沙が目に入った。
「理沙! 大丈夫⁉︎」
「あぅ……ひろくん……」
僕の声に気づいたのか、真っ赤な顔で歯を食いしばって、小さな声を絞り出した。
急いで彼女の額を触ると……すごい熱だ。
ただ、それ以上に、お腹を押さえているのが気になった。
「どこか痛いところある⁉︎」
「お腹が……」
「――どのへん?」
僕は彼理沙が手で押さえるあたりを確認する。
といっても、外から見えるようなものではないけれど。
「いつくらいから?」
「昼……くらい……」
ってことは、今まで5時間くらいはずっとこの調子なのか?
どう見ても普通じゃないと思った。
「救急車呼ぼう、いいよね?」
「…………うん」
一瞬、躊躇したような顔を見せたけれど、理沙は小さく頷いた。
たぶん、理沙のことだから、夜に親が帰ってくるまでなんとか我慢しようとしたんだと思う。
でも、とてもあと何時間もこのままで大丈夫だとは僕には思えなかった。
僕はすぐに携帯で119番をコールする。
司令室に繋がって、症状と住所を伝えると、幸い5分くらいで来てくれるらしい。
ただ、その待っている5分ですら、とても長く感じた。
「ひろくん……ごめんね……」
「良いって。きっと良くなるから」
サイレンの音が聞こえてきて、理沙の家の前で止まる。
「ちょっと待ってて」
僕はすぐに玄関に向かい、救急隊員の方を家に招き入れる。
と言っても僕の家じゃないけど。今はそんなことは気にしていられなかった。
すぐに小ぶりな担架を持った隊員の方が、理沙の部屋に来てテキパキと症状を確認し始めた。
僕は見ていることしかできない。
――途中、「急性虫垂炎の可能性……」と聞こえた。
器用に階段を担架で下ろされる理沙を追い、僕も付き添いのため救急車に同乗した。
そして、搬送されたのは、理沙のお父さんが勤めている病院だった。
◆
救急外来に搬送された理沙は、すぐに診察を受ける。
連絡を受けたのか、その場には理沙のお父さんの修さんも来ていて、付き添っていた僕に小さく頭を下げたあと、真剣な目で理沙と向き合っていた。
結局、やはり理沙は急性の虫垂炎で間違いないようで。
しかも、かなり症状が悪いってことで、すぐに緊急手術をすることになった。
後から聞いたことだけど、普通は抗生物質でしばらく様子を見るらしいんだけど、そこまで余裕がなかったようだった。
手術が終わるのを待っていると、修さんが来た。
「弘君。すまなかったね。夜まで放置していたら、腹膜炎を併発していたかもしれない。まぁ……もっと早く理沙が言ってくれたら、手術も要らなかったんだろうが、我慢する性格だからな」
「たまたま見舞いに行こうと思いまして。びっくりしました」
「そうだろうね。母さんに連絡してあるから、そのうち着替えを持ってきてくれると思う。弘君は帰っても良いが、どうする?」
そう聞かれたけど、僕は理沙が心配で、手術が終わって元気な顔を見るまではここに残るつもりだった。
「手術が終わるまでは待ちます」
「そうか、わかった。……理沙も君が居てくれた方が喜ぶだろう。私よりもね。……それでは、まだ仕事があるからまた」
「はい。ありがとうございます」
そう言って立ち去る修さんを、僕は見送る。
――手術が終わったのは開始から1時間後くらいだった。
手術後はベッドのままで個室に移動する。
全身麻酔でまだぼうっとしている様子の理沙に声をかける。
「理沙、大丈夫? 手術は無事終わったって」
「……ひろくん……私……」
「聞いてるかわからないけど、急性虫垂炎だって。でももう大丈夫だと思うよ。痛くない?」
「うん……。今は大丈夫……」
「良かった。1週間くらい入院しないといけないらしいから、ゆっくり休んでよ」
「え……そんなに……?」
「さっき理沙のお父さん来てたけど、もうちょっと遅かったら、もっと長いこと入院しないといけなかったらしいよ」
「そう……なんだ。……ごめん、迷惑かけちゃったね……」
僕は泣きそうな顔をする理沙の髪をそっと撫でて、小さく首を振った。
「いつも助かってるから、このくらい気にしないでよ。……あ、お見舞いでケーキ買ったんだけど、食べられないね」
「ケーキ……?」
「うん、学校帰りに。理沙の家の冷蔵庫に入れてあるんだけど。明日の夕方くらいから食事できるらしいから、持ってこようか?」
「食べたいけど……無理かも……」
理沙は残念そうな顔を見せる。
そして、まだ術後で疲れているようで小さく息を吐いてから、ゆっくり目を閉じた。
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