第21話 将来の夢

「「…………」」


 その写真を僕たちはしばらく無言で見つめていたけれど、理沙の方に顔を向けた。

 と同時に、彼女も僕の顔をちらっと見てくる。


「ごめん、全然覚えてない……」

「私も……」


 保育園の頃はもう10年も前だ。

 覚えてないのも仕方ないと思う。

 それでも、そのときに別れを惜しんだ僕たちの写真が残っていて、今こうして高校でまた出会ったのは、何か運命めいたものを感じたりもして。


「保育園の友達のひとりだったんだろうが、何年も一緒に過ごしてたからな。そりゃ別れるのは辛かったんだろ。帰るまでずっと泣いてたよ」


 父さんがその時のことを思い出しながら話してくれる。

 確か僕が保育園に通ったのは2歳のときからだから、彼女も同じ頃からだとすると、4年も同じ保育園に通ったことになる。


「そうなんですね……。私もお母さんに聞いてみる。そのときのこと……」


 彼女は感慨深く呟いた。


「父さん、写真ありがとう。またゆっくり見せて」

「ああ、今度オンラインで見れるようにしておくよ」

「うん。……じゃ、そろそろまた勉強に戻る?」


 僕は父さんに礼を言って、理沙に促す。


「うん。ありがとうございました」


 そして午後の勉強のために、2人で僕の部屋に戻った。


 ◆


「……私たちが初めて手を繋いだのって、あんなに小さいときだったんだね」


 部屋に戻ると、彼女がぽつりと言った。


「みたいだね。まさか写真に撮られてるとは思わなかったけど」

「あはは。証拠写真だね」

「ってことは、幼馴染だったってことなのかな?」

「そうみたい。って言っても、覚えてもなかったんだけど」

「だね」


 向かい合って笑う理沙の右手をそっと握ると、彼女もその手に左手を重ねてきた。


「それじゃ、今度は離れ離れにならないように、しっかり握ってないとね」


 そう言う彼女は少し頬を染めていた。

 保育園の頃は恋愛感情なんてなかっただろうけど、大人に近づいた今の彼女は違うんだろう。

 それは僕も同じだけれど。


「うん。……何度も別れて泣きたくないから」


 僕はそんな彼女に顔を寄せ、軽く唇を重ねた。


「そうよね。……私もひろくんも覚えてなかったけど」

「それを言わないでって」

「あはは」


 ◆


「まだ先のことだけど、進路どうするかなぁ……」


 午後からも勉強をしつつ、ちょっとした休憩の合間に僕は呟く。


「私もー。勉強はしてるけど、どうしようかなぁ。……できたら、ひろくんと同じ大学に行きたいけど」

「それ僕がだいぶ頑張らないと大変だな」

「あはは、頑張れば大丈夫だよ!」


 軽く笑って言うが、彼女との成績差を考えると、相当頑張らないと同じ大学には入れそうにない。

 ただ、どの大学に行くかよりも、将来何になるかを考えないといけない。

 ひとつ自分がやりたいことといえば……。


「僕、実は将来小説家になりたいって思ってて……」


 誰にも言ってなかったけど、理沙に初めて将来の夢を打ち明けた。


「そうなんだ……。うん、良いと思うよ。狭き門だと思うけど、応援する」


 意外にも彼女はあっさりと肯定してくれた。


「ありがとう。色んな本を読んでるのも勉強を兼ねてなんだ。と言っても、専業は無理だと思うから、ちゃんと大学に行って普通に就職すると思うけど……」

「小説家になるってやっぱり賞とかに応募するの?」

「うん、色んなコンテストがあるから、まずはそれを目指すことになるかな。今は思いついたネタをメモしてる程度だけど」

「そっか……。それじゃ、ゲームセンターで見かけた女の子に弟子入りするってネタも、ちゃんとメモっておかないとね」


 そう言って理沙は笑う。

 彼女にとっては、それほど印象深かったのかな?


「それはもうちゃんと書いてるよ。……恥ずかしいから見せられないけど」

「ふーん、私に隠しごとするんだ……。まぁ良いけど、ちゃんと小説になったら見せてね」

「それも恥ずかしいなぁ……」

「見られて恥ずかしいなんて気にしてたら、小説家とかなれないよー?」


 それは確かにそうなんだけど、でも身内に見られるのはやっぱり恥ずかしいと思う。


「わかったよ……。でも笑わないでね?」

「あはは、笑うくらいの方が面白くていいと思うけど」

「……たぶん、その笑いは別の意味だと思うよ?」


 面白くて笑うのと、酷くて笑うのでは意味が全然違ってしまう。


「それはそれで私が楽しいからねっ。大丈夫!」


 僕にとっては全く大丈夫とは思えないけど、彼女はそう言って胸を張った。

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