第20話 卒園式
理沙はアルバムのなか、僕の保育園の頃のページで手を止めた。
その中の写真が気になったのか、ずっと見つめているように思えた。
「ひろくんって、まゆみ保育園だったの……?」
そして、ぽつりと呟く。
「うん、そうだけど? 共働きだからね」
今もそうだけど、親は2人とも働いているから、昼間は保育園に預けられていた。
「そうなんだ。……あのね、この写真のこれ、実は私なんだ」
そう言って彼女は一枚の写真を指差す。
それは園外に散歩に行くとき、子供たちが何人かでグループになって、手を繋いで一列に歩いているところの写真だ。親が撮った写真じゃないだろうから、先生が撮ってくれたものの一枚かな。
ほとんど面影がないから顔を見てもわからないけど、彼女が自分だと言うのは、僕の手を引いて歩いている女の子だった。
「ええー、そうなの⁉︎ ごめん、みんなの名前とか全然覚えてなくて……」
「うん……。実は私も全く。懐かしい〜って思う記憶すら残ってなくて。でもこれ私なのは間違いないよ。あはは……」
照れ笑いしながら、彼女は同じアルバムを覗き込む僕の頭に、コツンと頭をぶつけてきた。
「それじゃ、アルバムに綴じてる写真以外にも写ってたりするかもね。父さんが写真いっぱい撮ってくれてるはずだから」
「へー見てみたい。私、保育園のイベントでもあんまり親が来れなかったから、写真もほとんどないの」
「あとで聞いてみるよ」
両親が忙しいって言ってたし、小さな頃から大変だったんだと知る。
「うん。……それにしても保育園でも手を繋いでたなんて、びっくりだよ」
彼女が呟いたとき、昼食の準備ができたって声が階下から聞こえてきた。
◆
「はじめまして。弘の母の涼子です。可愛い子ね、よろしく」
「こちらこそはじめまして。……えっと、弘くんとおつき合いさせてもらってます、森本と申します……」
2人でダイニングに降りると、母さんと理沙が挨拶をする。
相変わらず緊張しているらしい。
「森本さんね、緊張しなくて良いわよ。とりあえず冷める前に食べましょう」
「あ、はい」
促されてテーブルに着く。
今日の昼食はトマトソースのパスタだった。父さんの得意な料理だ。
「いただきます。……あ、美味しい」
早速食べ始めた彼女が一口食べて呟く。
うん、僕もこのパスタは美味しいと思う。父さんが苦労して改良してきてるのを知ってるし、その実験台にもされてきたからね。
僕もお腹が空いていたし、どんどん食べ進める。
「そういや父さん、保育園の頃の写真、見せてもらいたいんだけど」
「ん? ……急だな。まぁいいけど、どうした?」
怪訝な顔で父さんが聞いてきた。
「いや、さっきまで知らなかったんだけど、実はこの森本さんと同じ保育園だったみたいで」
「あら、そうなのね。森本……。ごめんなさい、下の名前って何かな?」
「理沙です」
母さんに聞かれて、理沙が答える。
「もりもとりさ……。確かにそんな子居たような。でも、わたしも写真見ないと思い出せないわ」
考え込む母さんに、横から父さんが言う。
「私は覚えてるよ。ほら、あのお医者さんの」
「ああ、そうね。お迎えの時間違うからあまり会わなかったけど」
僕は小さくて覚えてないけど、やっぱり親は覚えてたりするんだなぁ。
「昼食べたあと写真見せるよ。と言ってもタブレットだけどね」
◆
「あ、これも! すごいっ、思ってたより写ってる!」
食後のテーブルに置かれたタブレット端末を取り囲み、僕の小さな頃の写真を見て理沙がはしゃぐ。
僕を撮ったものだから、どの写真にも僕が写ってるんだけど、運動会や盆踊りなんかのイベントの写真には、よく彼女も写り込んでいた。
というか、ちょっと写り込んでいた、ってレベルじゃなくて、頻繁に手を繋いでたりしていて恥ずかしい。
「写真見て思い出したわぁ。……卒園式のとき、弘とあと何人かだけ小学校が違うからって、大泣きしたのよね。そのときの写真見たらよくわかると思うわよ」
理沙のことを思い出したらしく、母さんが懐かしそうに言う。
僕は記憶にないけど、そんなことがあったのか。
「えっと、じゃこの辺りかな。……あ、あったあった」
父さんがタブレットを操作して、卒園式の時の写真に切り替える。
僕が卒園証書を受け取っているときの写真や、みんなで整列してるときの写真が並んでいる。
その最後のほう、みんなで別れるときの写真かな、顔をくしゃくしゃにして泣く僕の写真があった。
いや、これは恥ずかしいって……。
「そうよ、これこれ。見てよ」
母さんが言ったのは、その何枚かの写真の一枚。
そこには僕の手を掴んで、同じように泣いている理沙とのツーショットが、しっかりと撮られていた。
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