第19話 アルバム

「お、お邪魔します……」


 土曜日の朝、理沙が僕の家に来ると、珍しく緊張した表情で玄関に上がった。

 そのままリビングに案内する。

 事前に父さんには簡単に話をしておいたこともあって、ダイニングから顔を出してきた。

 母さんは午前中は買い物に行くらしくて不在だった。


「おはよう。あと、はじめまして。弘からざっと話は聞いたよ。いつのまにかこいつが彼女作ってるとはな。……ま、ズボラなヤツだけどよろしく頼む」

「は、はい……! こちらこそっ、よろしくお願いします!」


 カクカクした動きでペコリと頭を下げると、括った髪がぴょこんと跳ね上がる。


「それじゃ、邪魔者は引っ込んでおくよ。母さんは昼に戻ると思うから、またその時にでも」


 そう言って、父さんはさっさと自分の寝室に消えていった。


「じゃ、僕の部屋に行こうか」

「うん。そうだね」


 父さんがいなくなって緊張が解けたのか、いつも通りに戻っていた。

 2階への階段を上がって、僕の部屋に入る。

 昨日綺麗に掃除したから、見られて恥ずかしいことはないはず……。


「へぇ……。思ったよりさっぱりしてる」

「そりゃ、要らないものすごく捨てたからね、昨日」


 笑いながら僕は答えた。

 彼女はやっぱり本棚に興味があるのか、壁の方に目を遣る。


「へー、思ったより漫画少ないね。男の子って漫画いっぱい読んでるのかと思ってたよ」

「普通はそうかもね。でも僕は文庫本が多いかな」


 男友達の家に行くと、漫画がいっぱい置かれてたりするけど、僕は中学の頃から小説を読むことが好きだった。


「あ、ホームズとかこんなのも買ってるんだね。図書室で借りてるのは知ってたけど……」

「うん、何度も読みたくなる本は買うことにしてるんだ。……古本とかだったりするけどね」

「古本屋ってこの辺にないけど、どこに行ってるの?」


 僕たちが住んでいる辺りは田舎なこともあって、本屋すら小さな店しかない。


「僕は電車で市内に行って、まとめて買ってきてるよ。1日遊べるし」


 自分でも安上がりな趣味だと思う。

 たまに休みの日、一人で市内に行って古本屋を何件か回って、目ぼしいものを買ってくる。


「いいなー。一人で市内に行くのはちょっと不安で」

「理沙も行きたいってこの前言ってたし、テスト前じゃないときなら一緒に行く? って言っても、本屋を回るだけだけど」

「いくいく! 明日でも良いよっ!」


 彼女は乗り気のようで、僕の提案に食いついてきた。

 今は期末テストまで少し時間があるし、確かにちょうどいいかもしれない。


「明日も予定無いし、いいけど。……それじゃ、今日しっかり勉強しとかないと」

「だね。……私がビシバシ鍛えてあげよう」

「……お手柔らかにお願いします」


 彼女が含み笑いをしながら僕の肩を叩いた。


 ◆


「おーい、弘。昼どうするー? 何か作ろうかー?」


 昼が近くなり、1階から父さんの声が聞こえた。

 僕は理沙に小声で聞いた。


「どうする? 父さんに作ってもらう?」

「えと、他に選択肢ってあるの?」


 彼女が聞いてきたので、僕は答えた。


「他は、近くのお好み焼き屋さんに行くくらいかな。あんまり店無いから……」

「だよね。……うん、明日遊びに行くなら、今日は節約しよっか。ご馳走になります」

「わかった」


 僕は頷いて、父さんに「作って!」と返事する。


「ひろくんのお父さんって料理するんだ。うちは全然だけど」

「うん、休みの日はよく作ってくれるかな。料理好きみたいで」

「へー」


 そんな話をしているうちに、母さんも帰ってきたような音と、父さんと話す声が聞こえた。


「そろそろいったん休憩にしよっか?」


 勉強のキリが良いところで彼女が提案するのに僕は頷いた。


「……でね、私さっきからすっごく気になってることがあるんだ」


 背伸びをしながら理沙は僕に声をかける。

 そして、本棚の一角を指差して言う。


「あのね、あのアルバムが見たいんだけど……」


 それは僕が子供の頃からの写真を挟んであるアルバムだった。

 その横には卒業アルバムも並んでいる。


「まぁ隠すようなものでもないし、構わないけど……」


 少し恥ずかしいけれど、彼女が見たいと言うならば。

 僕は本棚からアルバムを持ってきて、机の上に広げた。


「ありがとう。ひろくんの小さな頃ってどんな感じなのかなって。……あ! これ可愛い……」

「そ、そうかな……?」


 アルバムをめくりながら、僕の小学校の頃の写真を見て呟く。


「うん、今よりもっと細かったんだね。……って、あれ? この写真……」


 過去に遡っていきながら、彼女はふと僕が保育園に通っていた頃のページで手を止めた。

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