第35話 ひとつめの目的
「大人2人、フリーパスでお願いします」
「はい。8600円です。……1万円お預かりしますね。こちら首から下げてお入りください……行ってらっしゃい!」
「ありがとうございます」
僕たちは計画通り、隣の県にある遊園地に来ていた。
ここはプールも併設されていて、夏休みはどちらかというとプールの方が賑わっている。
といっても、僕たちはこの前に市営プールに行ったから、今回水着は持ってきていなかった。
「遊園地って遠足以来かな。楽しみ」
水色の淡い模様が入ったワンピースに、白いレースの付いたツバが短めの麦わら帽子をかぶった理沙は、僕と手を繋いで楽しそうに笑う。
今日も青いフレームの眼鏡をかけていて、帽子をかぶっているからか髪は束ねていなかった。
「僕も久しぶり。しかも泊まりでって、よく許してくれたね?」
「あははー。お母さんに聞いたら、同じように高校生の頃、こっそり泊まりで旅行に行ったことあるって言ってたもん。お父さん苦笑いしてたよ」
同じことを自分たちもやっていたから、あまり強く言えなかっただろう。二つ返事で許可してくれたらしい。
そして、ここに来るのは僕が父さんにお願いして車を出してもらっていた。
父さんは遊園地には入らず、このあと母さんとうどん屋巡りをすると。
そして、僕たちは今晩遊園地に併設されてるホテルに泊まって、明日は電車に乗ってのんびり帰る予定にしていた。
「そうなんだね。……最初は何から乗る?」
「とりあえず人が少ないうちに全部乗る!」
理沙は鼻息荒く即答した。
「わかったけど、その最初をどれにするかって話」
「やっぱジェットコースターかな。あの池の上にある」
理沙が指差した先には、この遊園地で一番大きなジェットコースターがあった。
あまり絶叫マシンが得意じゃない僕には、いきなりこれか……とは思うけど、今日は一日彼女を楽しませたい。
「荷物はポケットの中も全部、こちらの棚にお願いしまーす。……はい、ベルトオッケー」
キャストの手慣れた対応に誘導され、僕たちはトロッコに並んで座った。
カンカンカン……というあの恐怖心を煽る音と共に、どんどん高くまで登っていくこのときが、正直一番怖く感じる。
「ひろくん、高いねー」
「そ、そうだね……」
「あれ? こういうの苦手?」
「僕はあんまり得意じゃない……」
「そうなんだー。じゃ、何回も乗って慣れないと」
意地悪く笑う理沙が僕の脇腹を突く。
慣れる前に吐くんじゃないかと思ったとき――ロックが外れてトロッコがレールを転がり落ち始めた。
「――――っ!」
勢いよく走る……というか落ちていくだけにしか感じられないけど、なんとか目を閉じずにやり過ごす。
すぐに落ち切ったトロッコが再度登っていき……今度は螺旋を描きながら縦横無尽にレールを走る。
ふと理沙のほうにちらっと視線を向けると、彼女は笑顔で両手を上げていた。
(マジか……!)
そのとき、これは後が思いやられると僕は覚悟した。
「あー楽しかった! もっかい行こ!」
そう言って僕の手を引いて、出口からまっすぐに入口に歩く。
フリーパスなので、空いていれば何度でも乗れるとはいえ、これでは体がもたないと天を仰いだ。
◆
「いきなり5回か……」
吐きそうになってげっそりする僕に、けろっとした顔の理沙が笑う。
「後でまた乗ろうねっ!」
「……生きてたらね」
「あはは、このくらいじゃ死なないから大丈夫だよー。じゃ、次はもう少し大人しいのに乗る?」
「そうしてくれると嬉しい」
園内を歩きながら、理沙は次の獲物を物色するように、キョロキョロと周りを見渡していた。
「じゃ、観覧車にしよっか。……好きな人と乗るの、ずっと楽しみにしてたんだ」
理沙はそう言って少し頬を染めた。
暑い時期だからか、観覧車はあまり人気がないみたいで、すぐに順番が回ってきた。
「はい、いってらっしゃーい」
僕たちがゴンドラに乗ると、キャストの人が扉をロックする。
進むのはゆっくりだけど、ゴンドラはすぐに地面を離れてどんどん高度を上げていく。
「景色がよく見えるね、ひろくん」
「うん。海まで見えてるよ、ほら……」
「あ、ホントだ」
僕が指差すと、霞がかってはいたけれど、遠くに海が見えていた。
「そのうち海にも行きたいね」
「これからいつでも行けるよ」
彼女の呟きに、僕は軽く返す。
彼女と付き合っていれば、これからもいろんなところに行って思い出が作れると思う。
「……ね、そっち座ってもいい?」
「良いけど……」
それまで向かい合って座っていたけれど、ふいに理沙がそう言って、僕の横に座り直した。
「……ここまでくると、誰からも見えないよ?」
彼女の言葉に頷く。周りを見ると、もう一番高いところが近かった。
「あのね。……漫画とかドラマとかみたいに、観覧車でキスするの、私もしてみたい。……いいよね?」
理沙は僕の返答を待たずに、ずいっと顔を寄せると、そのまま唇を重ねてきた。
僕は返事の代わりに、彼女の背中に片手を回して、そっと身体を抱き寄せつつ、反対の手でその髪をそっと撫でる。
「――――ん」
髪に手が触れた瞬間、理沙は小さな声を漏らした。
しばらくキスをしたまま髪を撫でていたけど、ゴンドラが少し下がってきたところで、どちらからともなくそっと顔を離す。
「あはは、ここに来た目的のひとつ、達成!」
少し頬を染めて笑う理沙に、僕が聞く。
「他にも目的ってあるの?」
「もちろん! でもそれはまだ秘密だよっ!」
そう言いながら彼女は人差し指を唇の前に立てた。
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