第36話 最後の目的

 観覧車を降りたあと、僕たちはその近くにある何種類かの小さなジェットコースターを、順番に乗ることにした。


「ひろくん、このくらいなら怖くない?」

「乗ってみないとなんとも……」


 理沙は期待まじりの声で僕に聞くけど、小さいからといって侮れないのは、以前ここに来たときに体験済みだった。

 僕たちを乗せた、昆虫を模したカラーリングの2人乗りトロッコが、カタカタと音を立てて登っていく。


 当然のように、登り切ったらあとは落ちるだけ。


「くっ!」


 高さが大したことないからか、落ち切るのはあっという間だった。

 でも、このコースターは、そのあとすごく鋭角に曲がるのを知っている。

 僕は遠心力で振られそうになりながらも、横に乗っている理沙に体重がかからないように、バーを持って踏ん張った。


「――きゃっ!」


 次のコーナーで今度は逆方向に曲がる。

 理沙は可愛く声を出しながら、そのまま思いっきり僕に寄りかかってきた。

 もちろん、理沙の体重ならそんなに重くはないけど、密着した瞬間は思わず少しドキッとした。


 その後も何度か左右に振られながら、その度に身体がぶつかる。

 絶対、カップル向けに設計したんじゃないかっていうジェットコースターだと思った。


 最後、トロッコが急ブレーキで停車すると、僕は「ふぅ……」と息を吐いた。


「ひろくん、ごめん。……重くなかった?」


 理沙は僕に寄りかかったのを自覚していたのか、トロッコから降りながら聞いた。


「うん、大丈夫。……理沙と密着できて良かったかな。はは……」


 僕が強がって軽口を言うと、理沙は予想してなかったような返答をした。


「あはは、そのくらいで喜んでくれるなら、いくらでも密着するけど?」


 そのまま僕の腕を取ると、横からぶつかるようにぐいっと身体を密着させてくる。

 結構勢いよくぶつかってきたから、僕は少しよろめいた。


「いきなりびっくりした……」

「あははー。ちゃんと受け止めてよー」


 そう言いながら、理沙は何度もぐいぐいと肩で僕を押してくる。

 さすがに僕も何度もよろめいたりはしなくて、しっかりと踏ん張って彼女の体重を受け止めた。


「おお、動かなくなったよ?」

「さすがに、ね。――っとと」


 諦めたかと思ったら、今度は急に逆に僕の腕を引っ張ってきて、反対に倒れそうになった。


「あっはは。油断禁物だよー」


 理沙はそう笑うと、そのまま僕の手を引いて「じゃ、次の行くよっ!」と歩き始めた。


 ◆


 結局、全てのアトラクションを制覇しつつ、僕は何度も絶叫マシンに乗らされることになった。

 でも理沙が楽しそうにしてくれてたから、良かったと思う。


「楽しかったね……」

「うん。……ちょっと怖かったけど」

「あははー。付き合ってくれてありがと」


 周囲が暗くなった中、僕たちは最後にもう一度観覧車に乗っていた。

 パーク内はライトアップされていて、上から眺めるとすごく綺麗だった。


「気にしないで。理沙が楽しんでくれたなら」

「うん。すごく楽しかった。……私の目的はまだ残ってるけどね」


 理沙は含みを持ってそう言う。


「目的ってあとは結局何なの?」

「……秘密にしてたけど、ひろくんがずっと付き合ってくれたから教えてあげる。3つあって……」

「うん」

「1つは観覧車で……ってやつ。もう1つはアトラクション全部制覇するってこと」


 理沙は指を折りながら言った。


「へぇ、じゃあ2つは達成だね。あとひとつは?」


 僕が聞くと、理沙は口を閉じて、少し俯いた。

 暗くてあまり顔が見えなくて、どんな表情なのかはわからなかった。


「あのね……。最後のひとつは、私の……」


 理沙はそこまで言いかけたけど、しばらく言い淀んだ。


「……や、やっぱり秘密! どうせ、あとでわかるからっ!」


 ◆


 閉園するギリギリまで僕たちはパーク内でイルミネーションを見ていた。

 そして時間が来ると、名残惜しいけれど、併設されているホテルに向かった。


 チェックインをするためフロントに行くと、すぐに声がかけられた。


「こんばんは。おふたりですね。ご予約のお名前をお願いします」

「はい、『岩永』で予約していると思います」

「岩永様ですね。お待ちください……あ、はい。岩永弘様で間違い無いでしょうか?」

「はい、間違いないです」


 予約リストから確認が取れたたようでほっとした。


「それでは、こちらに代表者のお名前、お電話番号をお願います」


 渡された伝票に、僕はボールペンで自分の連絡先を記入する。


「ありがとうございます。それでは、お部屋は6階の623号室です。カードをかざしてお入りください。朝食はバイキングになっていますので、6時半から9時半までの間であれば、お好きな時間で結構です。……ごゆっくりどうぞ」

「ありがとうございます」


 僕らはフロントの女性からルームキーを受け取ると、礼を言って部屋に向かう。


 エレベータを降り、部屋の鍵を開けて中に入ると、そこはツインの部屋だった。

 もちろん、ツインで予約していたので、当然ではあるけれど。


「家族以外とホテルに泊まるのって、修学旅行以来かも……」


 床に荷物を置いてから、少し離れた2つのベッドの片方に腰掛けて、理沙が呟く。


「それは僕だってそうだよ。……隣、良い?」

「もちろん。……ひろくんが隣に来なかったら、私から寄っていっちゃうよ?」


 僕が聞くと、理沙は冗談めかして答えた。

 それを聞いて、彼女の隣にそっと腰を下ろした。


「……やっぱりドキドキする。ふたりっきりなのは家でも一緒なのにね」


 理沙はそう言うと、そっと僕に寄りかかってきた。


「……あ、あのね。今日の目的の最後……もう言わなくてもわかってると思うけど……」

「うん。……もう言わなくても良いよ」


 彼女の震えが僕の身体に伝わってきて、緊張していることは明らかっだった。

 僕の答えに安心したのか、理沙は小さく頷いた。


「……それじゃ、先にシャワー浴びてくるから」


 理沙は僕の耳元に顔を寄せると、消えそうなほど小さな声で呟いてから、ゆっくりと立ち上がった。

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