第37話 気を遣わない関係

「……大丈夫だった?」


 まだ薄暗くした部屋で、僕は理沙に聞いた。

 彼女はベッドに伏せたまま、小さな声で呟く。


「……うん。覚悟してたほどじゃなかったかな。それより、嬉しいってほうがずっと大きいから」

「よかった……」


 僕は初めてだとすごく痛いって、色々なところで聞いてたから不安だったけど、そう言ってくれてほっとした。

 ただ、僕に気を使ってくれてるのかもしれないけど……。


「あはは。優しいね。……やっぱりひろくんで良かったって思うもん」


 そんな僕に、理沙は笑顔を見せた。それは薄暗い中でもはっきりとわかった。


「僕も理沙が初めてで良かったよ」


 それは紛れもなく本心だった。

 付き合い始めてからも、ずっと理沙のことが好きだったし、この先ずっと一緒にいれたらなって思っていたから。


「うん。私としては、このあと何人も経験したくはないんだけど」

「そうだね。僕もそう思うよ」

「でも先は分からないから時々不安になるの。……今がすごく楽しいからなおさら」


 理沙はそう言うと、僕に身体を寄せて不安そうな声で呟いた。

 僕は理沙をそっと抱きしめて、彼女の髪を撫でた。


「そうならないように頑張るよ」

「……頑張らなくてもいいよ。いつものひろくんが好きだから」

「そっか。うん、気を遣わずに自然に横にいるってのが良いのかな」

「だね」


 彼女は笑顔を見せて頷いた。


「保育園行ってた頃から、友達だったんだよね。そのときからこうなるって決まってたんだよ。きっと」

「かもね。……お互い忘れてたけど。じゃ、将来は同じ老人ホームかな?」


 そう言って理沙は笑う。

 将来のことは全く分からないけど、いつまでも横で楽しく笑っていられると良いなと、僕は思った。


 しばらくそのまま髪を撫でていたら、ふと理沙が提案してきた。


「……汗とか流したいから、お風呂入る?」

「うん。先、理沙が入っていいよ」


 僕はシャワーの時と同じように、先に入ってもらうつもりだった。

 でも、彼女は小さな声で呟く。


「一緒に入っても良いよ……? もう今更だもん」

「さっきは部屋暗くしたのに、大丈夫なの?」


 まだ見られるのが恥ずかしいのかと、そう思っていたけれど、彼女は首を振った。


「あはは、あれは恥ずかしいってのもあるけど、血が出たりすると、ひろくんが気にするかもしれないから暗くしたんだよー」

「あ、そうだったんだ」


 その答えは意外だった。

 僕のことを気遣ってくれて、そうしたのだと知った。


「お母さんが、初めての時はそうしろって。黒いシート敷いたのもそう。シーツ汚さないためだけど、目に入るとやっぱりね」


 行為をする前に、汚さないようにって、理沙は荷物から出した黒いシートをベッドに敷いていた。

 そのあたりの知識も、理沙はお母さんに教えてくれたみたい。


「やっぱり経験豊富なんだなぁ。知らないことばっかりだよ」

「お母さん看護師だからね、やっぱり」


 いろんな経験があって、すごく頼りになるのがわかった。

 たぶん、血とかも見慣れてるんだろうし。


「楽しそうなお母さんだよね」

「うん。忙しくてあんまり一緒にいられないけど、大好き」

「またお礼しないとね」

「ときどきは休みあるから、また居るときにね」


 夏休みはまだまだ長い。

 今度遊びに行く……いや、勉強に行くときには、お母さんがいるときに行ってお礼を言うのも良いかなって思った。


「それじゃ、とりあえずお湯張ってくるよ」


 僕はそう言ってから、理沙に軽くキスをしてベッドを離れた。


「うん。ありがとう」


 ◆


「お腹すいてきちゃったなぁ……」


 2人でお風呂に入ってさっぱりとしたら、僕は急にお腹がすいてきた。

 夕食はパーク内で軽食を済ませただけったこともあって、ついつい夜食が欲しくなる。


 僕がそう言うと、理沙はにやりと笑いながら、バッグから何かを探す。

 お菓子でも持ってきてたのかな、と思ったけれど、どうやら違っていた。


「じゃじゃーん。実は、カップラーメンがあるんだよー」

「え、そんなのまで?」


 バスローブを着た理沙が高く掲げたのは夜食の定番、カップラーメンだった。

 まさかそんなものまで持ってきていたなんて、僕は考えてもいなかった。


「お腹すくかなって思って。あはは」


 理沙は笑いながら、カップラーメンの片方を僕に手渡した。

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