第38話 実感
結局、ツインの部屋を取っていたけど、使ったのは片方のベッドだけだった。
「もし、いびきがうるさかったらゴメンね」
寝る前に理沙は笑いながらそう言ってたけど、ベッドに入ると僕の腕を掴んだまま、すぐにすーすーと寝息を立てていた。
かなり疲れていたんだと思う。
だって、昼間にずっと遊園地で走り回っていたし、ホテルに来てからも……。
眼鏡を外した見慣れない理沙の寝顔を眺めていると、僕もだんだん睡魔が襲ってきて――気づいたときには、外は明るくなっていた。
◆
「おはようー」
ベッドの中で目を開けると、先に目が覚めていた理沙は、僕の耳元で声をかけた。
「うん、おはよう。……早いね」
「すっごくよく寝たからね。……ひろくんの寝顔見てたら、実感したよ。私……大人になったんだなって」
「……そうだね。僕はまだ実感湧かないけど」
寝転がったまま顔を見合わせて、理沙は小さく口を尖らせる。
「あー、酷いなぁ。私の初めて奪っておいて、そんなこと言うんだぁ」
「ごめん……」
失言だったと気付いて慌てて僕が謝ると、理沙は目を細めた。
「私はまだ少し痛いから余計にそう思うけど……ひろくんはそうじゃないもんね。……でも、昨日のことは……ずっと覚えていて欲しいかな」
「……うん。たぶん、一生忘れないと思う」
「あはは、期待してる」
理沙は優しい微笑みを浮かべると、僕に顔を寄せて唇を重ねた。
……今までと違う、蕩けるようなキスを交わして、僕はなんとなく彼女の言う『実感』が湧いてきた気がした。
「……これが本当のキスの味なんだね……」
恥じらう理沙の言葉に、僕も同じ思いだった。
昨晩は初めてで、最後までよくわからないままだったけど、こうして少しずつ知っていければいいなと。
「……起きる?」
「そうだね。急がなくても良いけど、今ので目が覚めちゃった」
「あはは。私もー」
そう笑う理沙が先に上半身を起こす。
続いて僕もまだ少し怠い身体を起き上がらせた。
「んー」
鼻から息を吐きながら、理沙は大きく胸を反らして伸びをした。
「それじゃ、私顔洗ってくるから。……女の子はちょっと時間かかるから、ひろくんはゆっくりでいいよ」
そう言ってベッドから降りた彼女は、化粧品の入ったポーチを手にして洗面台の方に行った。
◆
「今日は帰るだけだけど、どうする? 寄りたいところとかある?」
着替えてホテルの朝食を食べ、もう一度部屋に戻ってきたあと、僕はベッドに寝転んでいる理沙に聞く。
夕方くらいまでに帰れば良いから、それなりに時間はある。
僕はできればもっと理沙と一緒にいたいと思っていた。
「せっかく県外に来てるからね。市内に行ってみたいのと、やっぱうどんが食べたい」
理沙は少し考えてから言った。
確かにここの県は、全国的にもうどんで有名だった。
「良いんじゃない? それじゃ、電車で市内に行って、商店街とか行ってから帰ろうか」
「うん。じゃ、ホテル出る?」
「そうだね。……でも最後に」
僕はそう言って彼女を手招きすると、ベッドから起き上がった理沙がトコトコと僕の前に来て、首を傾げた。
「最後に……なに?」
無言で彼女の肩に手を置くと、意図を理解したのか、少し顔を上げて目を閉じる。
僕はそっと彼女に顔を寄せ、もう何度目か忘れたくらいのキスをした。
「ん……っ」
鼻にかかった声を乗せた吐息が、僕の頬をくすぐる。
それも心地よくて、今までなく長く唇を合わせていた。
どちらからともなく顔を離すと、理沙はゆっくりと目を開いて、聞こえないくらい小さな声で呟いた。
「……ひろくん、好きだよ……」
それは僕も同じ気持ちだったけど、返事の代わりに理沙の肩に乗せた手を引いて、彼女をそっと胸に抱く。
僕の胸の中で、理沙が呟く。
「もう……離れないように、ずっと近くにいたいよ……」
小さい頃に一度離れ離れになっている僕たちだから、もう一度同じことは起こってほしくない。
たぶん、理沙も僕と同じように思っているのかなと、そう思った。
「うん……僕も。そうならないように頑張るから」
僕がそう言うと、理沙は小さく呟いた。
「ううん、昨日も言ったよね。頑張らなくていいよ。……たぶん頑張ると疲れるから」
「そっか……。そうだね……」
どちらかが頑張らないと一緒にいられないのなら、それは一緒にいるべきじゃない。
先のことはわからないけど、そうならないことを願って、僕は理沙を抱く腕に少し力を込めた。
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