第39話 うどん

「この電車って、すごく古いね。めっちゃ揺れるし……」


 遊園地の最寄り駅から、この県のローカルな電車に乗ると、理沙が車内を見回して驚いた顔を見せた。


「うん……。天井で扇風機付いてるよ。何年前の車体なんだろ?」

「相当古いよね。まー、いつも乗ってるの電車ですらないから、あんまり言えないけどね、あはは……」


 僕たちが通学に使ってるのは、ディーゼルエンジンを積んだ列車だった。

 電化されていない路線だから仕方ないけど、音がうるさいのが難点かな。


「でもマスコットキャラは可愛いね」

「うん。『ことちゃん』っていうのか。なんか調べたらいっぱい出てくるんだけど……」

「それに、この方言のチラシが面白いね。『ぶっりょる!!』とか、何それって感じだよね」

「聞いたことないよ、僕も」


 理沙は天井の広告チラシを見て笑う。

 イラストからすると、イヤホンとかから音が漏れていることを言うみたいだけど、隣の県の僕たちも聞いたことなかった。

 山脈が間にあるからか、方言も結構違うのかな。


「あとね、観覧車から見たときもちょっと思ったんだけど、このへんって山がなんか可愛いよね。なんか絵本に出てきそうな……」

「あ、それわかる。綺麗なこんもりした山が多いよね」

「やっぱ遠くに来たーって感じがするよー」


 初めて来るところは色々発見が多い。

 特に理沙はあまり家族で出かけないからか、なんでも新鮮に見えるみたい。

 それが微笑ましくて、僕も自然に笑顔になる。


「ひろくん、どこで降りるか考えてる?」


 唐突に聞かれたけど、僕は考えていた予定を答えた。


「えっと、JRは特急乗らないとすごく遅いから、それに乗るのはどうしても海の近くの始発駅になるんだ。でもその近くは市内の中心じゃないから、ちょっと手前の駅で降りて、歩いて周りながら駅に向かうのが良いかなって」

「……と、なると、このへん?」

「あ、そうそう!」


 僕に地図を見せながら、理沙は降りる予定の駅を指差した。

 乗り換えるだけなら終点までこの電車に乗った方が楽だけど、それだと市内をぶらぶらするのに戻らないといけなくなる。


「じゃ、あと20分くらいかなぁ」


 理沙はそう呟くと、隣に座る僕に体重をかけるように寄りかかった。


「うん。うどん屋も何軒か調べてるから」

「何軒か、ってそんなに何軒も行くようなものなの?」


 不思議そうに聞かれたから、僕は事前に調べていたことを話す。


「まぁお腹次第だけど。多い人は5件とか10件とかハシゴするらしいよ?」

「そんなに食べられないって」

「そうだよね。ま、1件行ってみてから考えようか」

「うん」


 ◆


 電車を降りた僕たちは、まずは目星をつけていたセルフうどんの店に行ってみた。


「……結構並んでるんだね」

「すごいなぁ。これ30分くらいかかるんじゃない?」


 そう言いながら列の最後に並ぼうとすると、その話が聞こえていたのか、食べ終わって帰ろうとしていた人が笑いながら話しかけてきた。


「兄ちゃんら、初めてか? このくらいなら5分や、5分。心配せんでええ」

「そうなんですか? ありがとうございます」

「なんちゃや。ほなな」


 そう言って手を上げて帰っていく人を見送って、列に並ぶ。

 その人が言っていたように、列はどんどん進み、あっという間に僕たちの順番が近づいてきた。


「入れ替わりがすごく早いね」

「そうだね。驚いたよ」


 注文の仕方とかは、先に並んでいる人がやっているのを見て覚える。

 セルフうどんは店によって注文の仕方が違うって調べていた。

 だけど、ここはシンプルにお盆を持って、カウンターで注文してうどんを受け取ったら、あとは天ぷらとかを自分で取ってレジで支払う。そんな感じの店みたい。


「次の方、注文どうぞ!」

「えっと、かけ小で」

「あい、かけ小一丁!」


 注文すると、店員はすぐにうどん玉を温めて丼に入れ、出汁を注ぐとすぐにそれが手渡された。

 あっという間の早技を見ると、行列が進むのがこれほど早い理由がわかった。

 理沙も同じものを注文して、それぞれ天ぷらを1つずつ取ってレジに行く。


「かけ小とちくわ天で350円です」


 心の中で『安っ』って思いながら、財布から500円玉を出して手渡す。


「はい、おつり120円ね。ごゆっくり」


 同じように支払いを済ませた理沙と、ネギとかの薬味を入れてから、近くの空いているテーブルに向かい合って座る。


「安いし早くてびっくりしちゃった」

「うん。僕もびっくり。……いただきます」

「いただきまーす」


 割り箸を取ると、まずは数本の麺を口に入れ……その麺を噛むと、今まで僕が知っていた『うどん』とは違うものだってことがすぐにわかった。

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