第4話 家庭訪問

『で、いつどこでやる?』


 夜、昨日メッセージをやり取りしていたのと同じくらいの時間に、ピロリとメッセージが届いた。

 もちろん森本さんからだ。

 中間テストの勉強を教えてもらうことになっていて、それの相談だけど、教える側から先に聞かれるのは少し申し訳なく思った。


『ごめん、まだ考えてなかった』

『じゃ、明後日の土曜日、マルシーのバーガー屋さんでどう?』


 マルシーっていうのは、彼女がゲームをしていたあのショッピングモールのことだ。

 ただ、学校から近いし、学校が休みとはいえ部活の友達も多いから、もし一緒にいるのを見られると恥ずかしいと思った。

 素直にそれを伝えてみる。


『うーん、友達に見られたらどうしようか』


 次の返事が返ってくるのは少し間があった。

 彼女も考えたのだろう。


『えー、ゲーセンで一緒にいるの見られるのと一緒だと思うけど?』


 そのメッセージを見て、はっと気づく。

 言われてみると確かにその通りで、彼女にゲームを教えてもらうってことは、2人でゲーセンに行くということだ。

 学校帰りのゲーセンで友達に見られるってことなんか、全然考えてなかった。


『確かに。でも森本さんは見られても構わないの?』

『んー、まだちょっと恥ずかしいかも』


 そのメッセージが返ってきて、どう返事をしようかと思案していたとき、もう一通彼女からメッセージが届いた。


『それじゃ、やっぱりうち来る? 勉強に飽きたらゲームもできるよ!』


 彼女の提案にぐらりとくる。

 僕も女子の家に行くなんて、小学校のときの友達くらいで、しかもグループで遊びに行ったことがあるだけだ。

 森本さんは僕を信用してくれているから、そんな提案をしてくれてるんだと思うと、嬉しくもなる。


『森本さんが良いなら、それでもいいよ。でも本当にいいの?』


 改めて念を押すことにする。

 すると今度はすぐに返ってきた。


『岩永君ならいいよ! 土曜日、昼過ぎで良い? あとで住所送るから』


 完全に彼女のペースに引き込まれてしまったような気もするけど、トントン拍子で森本さんの家に行く予定が決まった。


 ◆


 それからは新しくメッセージのやり取りをすることなく、土曜日になった。

 朝から自分でもわかるくらいどきどきしていたと思う。

 お母さんに早めに昼食を作ってもらい、「友達の家に勉強に行くから」とだけ言って自転車で家を出た。

 うん、嘘はついていない。


 森本さんの家は同じ郡の隣町だった。

 だから中学校は違う。


 あと少しで彼女の家に着くって頃に、メッセージを送る。


『あと5分くらいで着くと思う』

『待ってる(^^)』


 すぐさま返信があった。


 それから少し道に迷ったけれど、彼女の家に着くと、表札を確認してチャイムを鳴らした。


「はーい」


 家の中から声とパタパタというスリッパの音が聞こえる。

 ガチャリと鍵が開いたあと、玄関ドアが開き、森本さんが顔を出した。

 いつも学校では長い髪をそのままにしているけど、今日はポニーテールにしているのが妙に似合っていて、少しドキッとした。

 それと同時に、何か心の奥に引っ掛かるものがあった。

 でもそれが何かは全くわからなかった。


「こんにちは、森本さん。今日はよろしく」

「ううん、気にしないで。遠くまでありがとう」


 ちょっとした挨拶をして、僕は彼女の家に招き入れられた。


 家の中はすっきりと片付けられていて、あまり生活感があるという雰囲気ではなかったが、それは整理整頓がしっかりできているからだろう。うちとは大違いだ。


「昼間は誰もいないから、安心していいよ」


 森本さんが言う。

 家族に気を遣わないで済むのはありがたいけど、本当に僕と2人っきりで心配にならないのだろうかと、むしろそちらの方が心配になる。

 彼女の部屋に入ると、勉強机とは別に、カーペットの上に小さな炬燵机のようなテーブルが準備されていた。

 年頃の女の子の部屋に入るなんて、初めての経験だ。

 部屋全体から良い匂いが漂ってきていて、更に胸がどきどきする。


「ちょっと待ってて。飲み物入れてくるね」


 そう言って彼女は僕を残して部屋を出て行った。

 僕はカーペットに座り、部屋を見渡す。


 部屋はすっきり片付いているが、大きな本棚には多くの本が置かれていた。

 ジャンルは広く、僕のよく読む推理小説もあれば、いわゆるライトノベルといったものまで幅広い。


「読みたい本があったら貸すよ?」


 お盆にジュースを乗せて戻ってきた彼女が、僕に声をかけた。


「うん、あとで見せてね」

「それじゃ、先に勉強しよっか」


 そうしてテーブルに教科書を広げて、僕の苦手な物理のレクチャーが始まった。

 同じ教科書をすぐ横から覗き込むように見る彼女が気になって、なかなか集中できなかったのは言うまでもない。

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