第3話 物理
松本はそれ以降、何も言わなかった。
少し気まずい思いもしたけど、話は変わって2週間後に迫った1学期中間テストの話題になっていた。
僕たちは2年生だからまだ受験生ではないけど、そろそろ進路について考えていかないといけないって空気が徐々に周りから感じる。
一応、ド田舎だけどこのあたりでは唯一と言っていい進学校に通っているから、大部分は大学へと進学することになる。
僕の成績は上から数えても下から数えても変わらないってくらいだ。
ただ将来の選択肢が広いってだけで理系を選んだけれど、何かやりたい仕事があるわけでもなく、漠然とパソコンを使うような仕事くらいしか思いつかなかった。
「俺、物理が全然ダメなんだよなー」
松本が愚痴を溢す。
物理の山田先生は、もう50代くらいのベテランの先生で、教えるのは上手だけどだんだん眠くなってしまうのが難点だ。しかも、寝ていても怒らない。
僕も毎時間、必死で目を開けているけど、それでも時々机に突っ伏してしまうのは避けられない。
「僕もだよ。時々寝ちゃうから、理解が抜けるんだよね」
「俺なんて全部寝ちゃってるわ。中間までに参考書やるしかないか。キッツイわ」
他の教科が良いかと言われるとそんなこともないけど、そろそろ真面目に勉強しないと。
勢いで森本さんに弟子入りとか言ってしまったけど、ゲームやってる時間なんて、しばらくないかもしれない。
「とりあえず、しばらく早く帰って自習するか……」
僕が諦めたように呟くと、松本も笑いながら同意する。
「だな。青春してる時間なんてないぞ」
◆
放課後、中間テストの勉強をしないといけないとは思いつつも、本屋に寄って帰ることにした。
ときどき図書室に行って、面白そうな本が無いかって探すけど、今日は森本さんが図書委員の日だったはず。
今、顔を合わすと気まずい思いをしそうだったから、寄るのはやめたのだ。
図書室では推理小説やミステリーを良く借りるけど、本屋では最近流行りのライトノベルを物色する。
気軽に読めるのが息抜きにちょうどいい。あまりに可愛らしい表紙絵が、カバー無しで読むとき少し気恥しい気持ちになるけれど。
何冊か冒頭の部分をチラ見して物色していると、ポケットの携帯が鳴った。
『暇すぎー。図書室来ると思ったのに(><)』
それは森本さんからのメッセージだった。
さすがに今から学校に戻るのは遠い。それに、すれ違う同級生に忘れ物でもしたのかって、明日からかわれるのは間違いない。
『ごめん、今日は宮肘書店に来てる』
『どんな本読むの? 図書カード見たら推理とかばっかりだけど』
僕の個人情報がこっそり抜かれているようだった。
『うわ、図書委員の特権! 今は面白そうなラノベないかなって見てるとこ』
『(ΦωΦ)フフフ ラノベとか読むんだ。私もときどき読むよ!』
『そうなんだ。今度面白い本あったら教えてよ』
『いいけど、私が読むのとか合うかな……?』
女の子向けの本とは確かに合わないかもしれないな、と思う。
『そうかも。あ、中間の勉強は順調?』
話を変えて、今日の昼に松本と話をしていた中間テストのことについて聞いてみた。
森本さんは優秀クラスだから、自分よりずっと成績が良いはずだ。
『んー、たぶん。……不安なんだ?』
『そんなに成績良くないから……』
『どの教科が苦手?』
『物理』
隠しても仕方ないので、素直に伝える。
少し時間が経ってから、メッセージが返ってきた。
『じゃ、わからないとこ教えるよ。がんばろ(`・ω・´。)q』
『え? 迷惑じゃない?』
申し出は嬉しいけど、その分彼女の迷惑になるのは申し訳なく思う。
『だいじょーぶ。もう範囲だいたい終わってるから』
『うん、ありがとう。それじゃ、また時間とか場所とか相談させて』
『(*`・ω・)bOK』
こうして知り合って2日目で、今度は勉強を教えてもらう師弟になってしまったのだった。
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