第56話 家族

 理沙はお風呂にそれほど長い時間入らなかった。

 あまり汗をかくと、傷口が痒むらしくて。


 少しだけ一緒に湯船に浸かったあと、僕は彼女の出ていったお風呂でゆっくりと体を休めた。

 そして、お風呂から出たあとは湯冷めしないように、先にベッドに入っていた理沙の横に滑り込む。


「ひろくんと一緒に寝るのも久しぶりだね」


 理沙が仰向けのまま、顔だけを僕の方に向けて笑う。

 いつもなら体ごとこっちに向けるのに、と思って聞いてみた。


「寝返りとかってできるの?」

「一応できるけど、力入れたらちょっと痛いかな」


 やっぱりそうらしい。


「それじゃ、入院してる時ってずっと仰向け?」

「うん、そうだよ。……腰が痛くなるんだよね、あはは」

「だよね。夜だけでもそうなのに、昼間もずっとだよね?」


 ずっと同じ体勢でベッドに寝ているって、きっと想像以上に辛いんだろうと思った。


「手術した次の日くらいがいちばん辛かったかな。そのあとは体起こしたりできたから」

「そうなんだ……」


 僕自身経験がないからわからないけど、それを我慢した理沙を労ってあげたくて、片手を伸ばして頭をそっと撫でる。

 一瞬、きょとんとした顔をした理沙だったけど、すぐに嬉しそうに目が細くなるのがわかった。


「やっぱり、ひろくんの近くがいいなぁ」

「僕もそう思うよ」


 入院するまでの間、ほとんど毎日顔を合わせていたし、週に何日かはそのまま泊まっていた。

 だから、急に離れるとすごく寂しく思えた。


「……調子悪かったとき、ひろくんの家に泊まってたら、たぶんこんなに酷くならなかったんだろうなって。やっぱり家族って大事って思った。うち、お父さんもお母さんも、あんまりいないけどね。あはは……」

「あ、それ僕も思ったよ。一人暮らししてて、何かあったらどうしようもないよねって」

「ひろくんって、いまは一人暮らしだから。私、こんなことになったから思ったんだけど……。私が入院してる間にひろくんが同じようなことになったら、どうしたらいいんだろうって不安で」


 僕はそれを黙って聞いてた。


「メールとか電話しても繋がらなかったらどうしようって。入院してたら見にも行けないし。若いから病気にならないって訳じゃないのも、今回よくわかったし」


 理沙は「まさか自分が、って思ったけど」って言って笑った。

 事故ならともかく、命に関わるような病気って、ある程度の歳にならないと縁がないような気がしていた。

 でも、ありふれたよく聞く病気でも、場合によってはそうじゃないってことも。


「うん。だから家族で生活するのかな。助け合って」

「……だからね、私決めた。お父さんに相談して、もっとひろくんと一緒にいられるようにしようって。お父さんお母さんはふたりだけど、ひろくんはひとりだもん」

「え、でも大変じゃない?」

「そうかもしれないけど、もし何かあったらって思ったらね。それに、ひろくんと一緒にいる方が楽しいし。……まぁ、そっちが本音だけど。あはは」


 理沙は傷が痛いのか、少し顔を顰めながらも、僕の方に体ごと向けた。


「今は私がひろくんの家族の代わり。……将来は本当の家族になるんだけどね」


 まっすぐ僕の目を見る理沙は、いつになく真剣な顔に見えた。

 それに応えようと、僕は小さく頷いて。


「ありがとう」


 そして、もう慣れてしまったけれど、しっかりキスを交わした。


 ◆


「おはよー。朝できてるよー」


 翌朝、僕よりも早く起きていた理沙が、朝食を準備してくれたあとで、僕を起こしにきた。

 退院してすぐだから無理しなくていいよって、昨日言ってたんだけど。


「おはよう。大丈夫なの?」

「うん、もうそんなには。……どうせしばらく朝食べてないんでしょ? 早く食べよ」

「あ、バレてた?」

「バレバレだよ。ジャムとかなんにも減ってないし」


 朝はとりあえず食パンを焼いて、ジャムかハチミツをかけて食べるのが定番だった。

 そのあたりの観察眼に舌を巻く。


「よく見てるんだね……」

「あはは、ひろくんの健康管理も私の仕事だもん。……自分が病気になってちゃダメだけど」


 そう言って理沙は苦笑いする。

 とはいえ、まさか理沙も自分が病気になるなんて思ってもなかっただろうから。


「まぁ、病気って突然だから、仕方ないって。――いただきます」


 僕は理沙と向かい合うように席に座って、彼女が作ってくれた朝食に手を合わせた。

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