【完結】ゲームが得意な彼女と、なんの取り柄もない僕
長根 志遥
第1話 弟子入り
「弟子にしてください!」
「えええ……⁉」
突然の僕からの申し出に、森本さんが目を丸くする。
そのあと、しばらく目が泳いていたが、やがて目を伏せてポツリと呟いた。
「うん……まぁ、別にいいけど」
こうして僕は何故か同級生の女の子に弟子入りすることになったのだ。
◆
それは30分ほど前のことだった。
「あれ? 森本さんじゃないか……」
高校の帰りに、近くのローカルなショッピングモールのゲームセンターに寄った僕は、同級生の森本理沙がゲームに没頭しているのを見かけて、思わず呟いてしまった。
彼女とはクラスは違うけど同じ図書委員で、たまに図書室で一緒に手伝いをすることがあって、お互い顔は知っていた。
一緒に手伝いをすると言っても、事務的な話だけしかしたことはなくて、彼女にこんな一面があったとは思いもしなかった。
彼女がやっているゲームは所謂落ちゲーの元祖で、決まったパターンのブロックを積み上げて横一列になれば消える、というものだ。
「すごいなぁ……」
物凄い速度で落ちてくるブロックを真剣な顔で操り、次々に消していくのを見ると、相当やりこんでいるみたいだった。
彼女の後ろには見物人が何人もでき、つい僕も混じって眺めていた。
全く澱みなく彼女は操作していたけど、急に腕時計をちらっと見たかと思うと、ひとつため息をついてそこで操作をやめた。
あっという間にブロックは積み上がってしまい、そこでゲームオーバーになるのを見届けたあと、彼女は立ち上がった。
「あ……岩永君……」
教科書が入っているだろうバッグを背負いながら振り返った彼女が、僕の顔を見てポツリと呟いた。
途端に目を伏せ、気まずそうな表情を見せた。
あまり同級生には見られたくなかったのかな……。
ただ、その仕草が妙に可愛らしく見えて、つい声を出してしまった。
「弟子にしてください!」
自分でも何で急にそう思ったのか分からなかったけど、とにかく彼女の真剣な目と相当努力しただろうテクニックをもっと間近で見たくなったのだ。
思いもよらなかったことを言われて、彼女は素っ頓狂な声を上げた。
「えええ……⁉」
それは彼女が図書室では見せたことのない表情だった。
びっくりしたのか、眼鏡越しに見える彼女の目は完全に泳いでいた。
しばらく無言だったが、落ち着いたのか、ポツリと肯定する。
「うん……まぁ、別にいいけど。……でも何で?」
彼女の問いももっともだ。突然何を思ったのか、気になるだろう。
僕は単純に思ったことを伝える。
「いや、あまりにすごくて。僕も練習すればここまでできるようになるかな?」
「うーん……。だいぶかかると思うよ? わたし何年も前からやってるから……」
やっぱりかなりやりこんでいたようだ。
「で、岩永君はどのくらいできるの?」
彼女が聞いてくる。うん、弟子にするなら当然そのくらいは知っておかないと、とは思う。
「ええと、家のゲーム機で少しやったくらい。殆ど初心者だよ。格闘ゲームは結構やってたけど……」
「へー、私はそういうのやったことないから、教えてもらおうかな」
そう言われて、僕は慌てて否定する。
「いやいや、そう言ってもそんな上手じゃないよ。……不器用なんだよね、僕」
「そうなの? まぁ、練習するにしてもここだとお金かかるから、今度うちに来る? ちょっと操作感違うけど、このゲームもあるし……」
――え?
僕は驚いた。
彼女は何気なく言ったんだろうけど、僕なんかを家に誘うとかありえないよね。
「えっと……。流石に家に行くのはまずいと思うよ……?」
とりあえずできるだけ常識人を装うことにする。
まぁ女の子の家に行ってみたい気持ちはあるけど、これまでそんなのには縁もなかったし、たぶんこれからも。
「あ……そ、そうだよね。ごめんね。……わたし、小学の頃以来、男友達とかいなかったから……」
自分が年頃の女子だというのを忘れていたのか、彼女が慌てて謝ってきた。ゲームセンターに出入りしている割に、遊び慣れてはいないみたいだ。
そもそも、図書室で見かける時から地味な眼鏡をかけた子だなぁと思ってた。
でも、よく見ると結構整った顔だと気付く。もっとオシャレに気を使ったら人気者になるだろうに……とも。
「それじゃ、今度自分ならどう操作するかなって考えながら、私がやってるところ後ろで見てみると良いかも。わたしも最初は上手な人のをじーっと見て覚えたから」
なるほど、こんなパズルゲームなら、確かに咄嗟に考えるのは良い練習になりそうだ。
「ありがとう。じゃ、今度来る時誘ってよ。……あ、これ僕の連絡先」
「うん、よろしくね」
彼女は携帯に番号を登録しながら、はにかんだ笑顔を見せた。
僕に全く警戒心を抱いていないその素振りは逆に心配になるほどだ。
こうして時々、一緒にゲームをする師弟関係が出来上がったのだ。
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