第12話 隠し味は……

「うーん、これはちょっとヤバいと思うよ?」


 物理の練習問題をやりながら、森本さん――理沙が怪訝な顔をした。

 ちょうど今やってるのは今週授業でやったところ。残念なことに最初から最後まで完睡してしまった部分だ。

 帰ってから少し自分で自習をしてみたけれど、やっぱりちゃんと基本を教わっていないので応用問題になると全く手が出なかった。


「やっぱり? つい寝ちゃったからなぁ……」

「私もその気持ちはわかるけど、駄目だよ。サボると後でもっと勉強しないといけなくなるよ?」


 彼女が言っていることはもっともだ。

 わからないところができると、次の授業が更に理解できなくなって、悪い循環になってしまう。


「それはわかってるんだけど、つい……」


 ただ、それはともかくとして、眠いものは眠いのだ。


「うー、こうして休みに勉強しなくていいくらいになったら、遊びに行けるのにー」


 確かにその通りで、勉強に付き合ってもらうのは僕がヤバいからだ。

 ちゃんと理解できていれば、外に出かけたり、そうじゃなくても家でもっとお喋りしたりできたのに。

 でも後悔してももう遅い。これからちゃんと勉強して、取り戻すしかない。


「ごめんね。これから頑張るから」

「うん、私も頑張るから。テスト終わったらどっか行こ!」

「そうだね」

「あ、私ホタル見に行きたい。ちょうどいい時期だよ!」

「ホタルか……」


 確かに中間テストのあとくらいから飛び始めるはずだった。

 子供の頃に両親に連れて行ってもらってから、長い間見に行ってなかったな。


「確か駅からバスが出るから、私たちでも行けるよ」

「へー、それは楽しみだね」


 昔見に行ったときの記憶は、もううっすらとしか残っていなくて、僕は彼女と新しい思い出を作ることに思いを馳せた。


「だから今は我慢我慢」

「だね!」


 楽しみにしているのは、きっと彼女も同じだ。

 でもそれを我慢して僕に付き合ってくれているんだから、僕はもっとちゃんとしないと。


 ◆


「……ひろくん、ちょっと疲れてきた?」


 ぶっ通しで2時間ほど勉強し続けて、傍目にも疲れて見えたのか、彼女が心配そうに聞いてきた。

 まだ名前で呼ばれるのに慣れなくて、むず痒い気がするけれど、ついにやけてしまう。


「そうだね。でもまだ大丈夫だよ」


 確かに疲れているけれど、僕は強がる。

 でも全部嘘というわけでもなくて、彼女と勉強するのはわかりやすくて、時間が経つのが早い気がした。


「でもそろそろお昼が近いから、休憩かな。……私もお昼ご飯準備しないといけないから」

「ああ、もうそんな時間なんだ」


 壁の時計を見ると、もう11時半くらいになっていた。


「ふふ、ひろくんと勉強してるとあっという間だね。それじゃ、ちょっと待っててね。すぐ作るから」

「何か手伝おうか?」


 僕は待っているだけというのも悪い気がして、彼女に提案した。


「ううん、気持ちだけもらっておくよ。……最初くらい、全部私に作らせて」


 そう言って、僕を部屋に残して彼女は出ていった。


 僕はひとり部屋で待つ。

 自習をしようかとも思ったけれど、その集中力は午後においておくことにした。


 女の子の部屋にひとりいると、色々とイケナイ事を想像してしまって困る。

 例えば、あのタンスの中には何が入っているんだろうか……とか。もちろん、勝手に開けたりはしないけれど。

 そして深呼吸すると良い匂いが鼻につく。


 そう悶々としていると、彼女が戻ってきた。

 こんな早く昼食を作ったのだろうか。


「おまたせ〜」

「思ったより早かったね」

「うん。実はね、ひろくんが来る前にだいたい準備はしてたんだ」

「そうだったんだ……」


 勉強道具を片付けた机の上に、料理が並べられる。

 簡単なものを想像していたけれど、出されたのは肉じゃがと卵焼き、それにお味噌汁という和風の献立だった。


「へぇ、すごいなぁ……」


 僕は無意識に感嘆の声を上げていた。

 こんな料理ができるんだ。


「味付けとか、口に合うかわからないけど……。ひろくんの好みに少しずつ合わせていくから言ってね」


 照れながら彼女が言う。

 味付けなんて……とは言わないけど、その気持ちだけで絶対美味しいと思ってしまう自分がいた。

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