第31話 決意

「あ……ひろくん……」


 僕は今日も理沙に面会に来た。

 カーテン越しに声をかけたけど、なんだかいつもと違って元気がなさそうに感じた。


「……なんかあった?」

「うん……。ちょっとね……」


 理沙は僕の顔を見ると、笑顔を見せつつも、少し顔を伏せた。


「僕で良ければ相談に乗るけど……」


 僕はそう言ったけど、彼女はどうしようか悩んでいるような感じに見えた。

 だから、あまり困らせるのもいけないと思って、しばらく無言で待った。


「……あのね。昨日……お父さんと喧嘩しちゃって」


 ようやくポツリと呟いた彼女は、うっすら涙を浮かべているようにも見えた。


「……そうなんだ。普段そういうのってないの?」

「うん……。お父さんと喧嘩したりってほとんど記憶にない。……でも昨日は、ひろくんのこと悪く言ったから、私もつい……」

「……ごめん」


 僕は自然と彼女に謝ってた。

 僕が周りをよく見てなくて彼女に怪我させたってこともあるし、そのせいでお父さんと気まずいことにさせたりもして。

 

「ううん……。ひろくんは悪くないよ。……私は人のせいにしたくないし、そんなこと言うお父さんも嫌」


 理沙はそう言って首を振った。


「……お父さんには僕のこと話したの?」

「ううん。話すともっとややこしくなりそうだったから、友達と……って誤魔化したよ」


 確かに、知らないうちに娘に彼氏ができてて、しかも2人で出かけて事故に遭った、って聞くと良い印象を持たれないのは間違いない。

 娘を持つ親の気持ちは僕にはわからないけど、たぶんそうだろうなって思う。


「気を遣わせてごめん。……あ、差し入れに本持ってきたから」


 言いながら、鞄に入れてきた本を取り出す。

 昨日悩んだけど、少しコメディっぽい、気楽に読める作者のシリーズ物を持ってきていた。


「ありがとう。……へー、知ってる先生のだけど、読んだことないから嬉しい」

「急いで返さなくても良いから、ゆっくり読んで」

「うん、でもたぶんすぐ読むよー」


 さっきまでより少し気が晴れてきたのか、いつもの彼女の雰囲気に戻ってきた感じがした。


「少しは元気出た?」

「あはは、そうだね。ひろくんと話してると嬉しくて」


 そう言いながら、本当に嬉しそうに笑顔を見せてくれるのが、僕にとっても嬉しかった。


 そろそろ帰ろうかと思ってた時だった。


「――理沙ー。調子どう?」


 突然、病室に彼女を呼ぶ女性の声が響いた。


「えっ! お、お母さん⁉︎」


 ベッドを仕切るカーテンを開けて顔を見せたのは、40代ほどのキリッとした顔立ちの女性だった。

 理沙に『お母さん』と呼ばれたその人は、僕と目が合って一瞬驚いた顔を見せたけど、すぐに笑顔を理沙の方に向けた。


「あら、カレシが来てたのね。お邪魔しちゃってゴメンね」


 軽い口調で言う彼女は、理沙とあまり似てないように感じた。


「もう。来るなら先に言ってよ」

「ふふ、ゴメンねー。でもおかげで会えて良かったわ。……この子の母の理央です。よろしくねぇ」


 理沙のお母さん――理央さんは、僕の方に軽く会釈した。


「はじめまして。岩永って言います。理沙さんとは――」

「知ってる知ってる。……うんざりするくらい、理沙があなたの事ばっかり話してるから」

「もう! お母さん、やめてよ!」


 ケラケラと笑いながら言う理央さんに、理沙はその背中を叩きながら非難した。

 理沙のお父さんとは話したことが無いけれど、お母さんは思っていたより大らかなタイプみたいだった。


「なにはともあれ、よろしく。私もお父さんも忙しくて、この子に苦労ばっかりかけたけど、最近すごく楽しそうにしてるのもあなたのおかげかな」

「そうなんですね。こちらこそよろしくお願いします」


 僕は理沙のお母さんに頭を下げた。


「礼儀正しい子で良かったわ。お父さんはぶつぶつ言ってたけどね。……なかなか理沙が打ち明けてくれないって」

「――えっ! お父さん知ってるの……?」


 理沙が理央さんに驚いた顔を向けた。


「そりゃ、ね。あれだけ毎日楽しそうに携帯触って、どこかに出かけて行ったりしてるんだから。言わなくてもわかるわよ」

「う……。そっか……」

「だから、ちゃんと向き合って話してあげたほうが良いわよ。待ってると思うから」

「うん。……わかった」


 理沙は真剣な顔をして、コクンと頷いた。


「それじゃ、私はお邪魔みたいだし、着替えとタオル置いたら帰るわ。……弘さんも、また今度」

「はい。ありがとうございます」


 理央さんは備え付けの棚に、部屋着の着替えとタオルを入れる。

 そして古いものを袋に入れると、片手を挙げて帰っていった。


「……お父さん、知ってて待ってくれてたんだ」


 理沙がぽつりと呟く。


「みたいだね。でも、良かったね。きっかけを作ってくれて」

「うん。いつ話そうってずっと悩んでたから。今度お父さんと話すときにちゃんと伝えるよ」

「がんばって」


 僕の言葉に理沙が頷いた。


 理沙も胸のつっかえが取れたようで元気そうだった。

 そのあと、今日は僕も予定がなかったから、回診のとき以外は休憩室で2人ずっと話をして過ごした。

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