第30話 面会に行くと
翌日、僕は理沙の病院に見舞いに行くことにした。
差し入れにアイスでも持っていきたかったけど、着くまでに溶けてしまいそうだったから、無難に食べやすい葡萄を買った。
昨晩も病院から何度もメッセージをくれていたから、たぶん心配ないんだろうと安心していた。
病院に着くと、ナースステーションで面会の手続きをして、4人部屋の病室に入った。
「失礼します」
部屋の名札を確認して、間違いないように声をかけてカーテンから少し覗く。
「あ、ひろくん!」
僕の顔を見つけた彼女は、ベッドに座ったまま笑顔を見せた。
本を読んでいたのか、ベッド脇には何冊かの文庫本が積まれていた。
「理沙、調子はどう?」
「今のところなんともないよー。積み本が消化できてよかったかも」
「お母さんに持ってきてもらったの?」
「そうだよ。あ、そうだ。次来るときは、ひろくんオススメの本持ってきてよ」
「わかったよ」
彼女が今読んでるのは、長編の本格ファンタジーだった。
巻数も多いから、こういうときにまとめて読みたいってのは良くわかる。
となると、何を持ってくるのが良いかなって、考えないと。
「勉強もしないとだけどね。こういうところにいると、なかなかやる気出なくて」
「僕も理沙が心配で手がつかないよ」
「あはは。言い訳はダメだよー。……ちょっと嬉しいけど」
僕はベッド脇の椅子に座って、彼女と目線の高さを合わせた。
「どのくらいで退院できそう?」
「あと2日くらい様子見て、大丈夫そうなら退院できるみたい。しばらく運動は控えてって言われてるけど」
「そうなんだ。……じゃあ、遊園地とかもやめておいたほうがいいかな?」
「ジェットコースターとかはあんまり良くないかも」
理沙は考えながら呟く。
「行くとしたらお盆のあとかな。それじゃ、先に花火大会だね」
「だね。どこの花火大会が良いかな?」
「市内がいいんじゃない? 数も多いし、電車で来れるし」
ちょっと遠いけど、市内の花火大会は打ち上げ数も県内で一番多いから、それが良いかなって思った。
「それも良いけど、うちの町の花火大会も良いかなって。……子供のころ何度も行ったけど、浴衣着てってちょっと憧れてたから」
「うーん、そうだね。市内に何度も来るとお金もかかるし、帰りも遅くなるから、そうしようか」
僕は彼女の提案に同意する。
確かに理沙の住む町の花火大会に子供のころ行ったことがあった。
子供ながらに、男女カップルで楽しんでる人たちが眩しく見えたなって記憶が蘇る。
「楽しみだね」
彼女が笑顔で頷いたとき、彼女の携帯が「ピロリン」と音を立てた。
「あ、お父さんだ。えっ……このあとここに来る……?」
メッセージを見た理沙は、少し浮かない顔を見せた。
「どうしたの?」
「うん……。お父さんが見舞いに来るって。ひろくんのことお母さんは知ってるけど、お父さんには言ってないから、どうしよう……」
困ったような表情で理沙が言う。
僕たちが付き合い始めてからもうだいぶ経つけど、逆に時間が経ってるからこそ、伝えるきっかけがなくなってしまったのかもって思った。
「僕がいない方が良いよね?」
「……うん。変なことになっても嫌だから、ごめんね。今度お母さんと相談して、ちゃんと伝えておくから」
「わかった。それじゃ、今日は帰るね。また明日、本持ってくるから」
「来てくれてありがとう。気をつけてね」
「うん」
僕は手を挙げてから病室を後にする。
病院の正面入り口を出ようとしたとき――
不意にすれ違った男の人が気になった。
少し険しい顔をしたその人は、たぶん理沙のお父さんなんじゃないかなって直感があった。
雰囲気……は全然違うけど、なんとなく顔立ちというか、そういうところが彼女と似ている気がして。
「変なことにならないと良いんだけど……」
僕は呟く。
――その日、彼女からのメッセージは来なかった。
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