第8話 相合傘
「やっぱり降ってきたか」
天気予報通り、僕たちが図書委員の仕事を終えて帰ろうとすると、外は本降りの雨になっていた。
高校からバス停まではしばらく歩かないといけなくて、傘がないとどうしてもびしょ濡れになってしまう。
「それじゃ傘、岩永君が持ってくれる?」
森本さんは自分が持ってきていた傘を僕に手渡してきた。
背の高い僕が持つほうが良いということだろう。
「うん、ごめんね。少し肩が濡れるかも」
「大丈夫だよ、そのくらい」
そう言いながら歩き始める。
できるだけ森本さんが濡れないようにと、少し傘を彼女の方に寄せて持つことにする。
「そんなに傘こっちにすると岩永君濡れるでしょ? 真ん中でいいから」
「う、うん……」
気を遣っているのがわかっているのか、彼女が笑う。
そうは言っても、傘を借りている手前、そう言う訳にもいかない。
周りには同じようにバス停に向かう生徒が何人かいたけど、幸い見知った友達はいなかった。
「ほら、肩が思いっきり濡れてる。……仕方ないなぁ」
森本さんは僕を心配してくれてるのか、先ほどまで少し離れて歩いていた距離をぐいっと詰めて、僕の腕と彼女の肩が触れ合う。
彼女が近づくことで必然的に傘も僕の方に寄ることになる。
「森本さん、近すぎない……?」
僕が焦って聞くが、彼女は無言だった。
これではまるでカップルが仲良く歩いているようにしか、周りからは見えないのではないだろうか。
しばらく無言で歩くと、彼女がぽつりと呟いた。
「ごめんね……。迷惑だった……?」
ものすごく悲しそうにそう言った彼女の言葉が胸に刺さる。
僕は慌てて取り繕う。
「そ、そんなことないよ! 一緒に帰ってくれてすごく感謝してる。この前だって勉強教えてくれたし、ありがとう。……今度何かお礼するよ」
よくよく考えると、僕にここまで親切にしてくれるのはどうしてだろうか、と思うほどだ。
貰うばっかりで何も返せていないことを考えると、申し訳なくなってくる。
「お礼なんていいよ。私がしたいだけだから。……でも、なんでかは聞かないでくれると嬉しい」
傘を挟んですぐ間近から、僕の顔をちらっと見ながら森本さんがそう言った。
それから僕たちはバス停まで歩き、電車に乗ってそれぞれの駅で降りるときに「またね」と挨拶するまで、ずっと無言だった。
森本さんが僕に親切にしてくれる理由。
しかも、聞いてほしくないということ。
家に帰ってから、いくら考えを巡らせても、思いつくのはひとつだけだった。
でも、もし違っていたらと思うと、これ以上行動に移せなかった。
その夜はなかなか寝付けなかった。
◆
翌日、寝不足で眠いまま、学校に出席する。
運悪く、こう言う日に限って物理の授業があり、またつい僕は寝てしまった。
中間テストが近いというのに、これではせっかく森本さんに教えてもらったのにそれが無駄になりそうで焦る。
「岩永、テスト近いのに余裕だな」
休憩時間になると、松本が僕に声をかけてきた。
授業中しっかり寝ているのを見られていたか。
「やばいとは思うけど、昨日あまり寝れなくて」
素直にそう話すと、松本は小声で耳打ちしてきた。
「昨日の帰り、見かけたぞ。……うまく行ってるみたいじゃないか。寝れないのもそのせいか?」
「えっ!!」
森本さんと2人で傘を差して帰るところを見られていたというのか。
「森本さん、男子から結構人気あるからな。羨ましいぜ」
「い、いや、森本さんとは何もないよ。昨日はたまたま僕が傘を忘れたから……」
慌てて否定しようとするが、松本は首を振った。
「お前が頼んだにしても、そうじゃないにしても、傘を忘れた男子と一緒に帰るとか普通無いだろ。幼馴染ならともかく」
彼の言うことにも一理ある。
僕が逆の立場だったら、全く気にもしていない男子にそんなことをするだろうかと思うと、しないだろう。
それに友達に見られると変な噂を立てられることまで覚悟しないといけない。
「うーん、そうかなぁ……」
「俺にはカップルにしか見えなかったけどな」
松本からもそう見えていたのか。
やっぱり森本さんは……。
どちらにしても、こんなモヤモヤしたままでは授業にも身が入らないし、もう一度森本さんと会って話がしたいとは思っていた。
そのとき、ふと携帯を見るとメッセージが入っていることに気付く。
森本さんからだった。
『今日の放課後、図書室に来てもらっても良い?』
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