第28話 市営プールへ

 ……で、その翌日はプールに来たってワケで。


 幸い、昨日少し見せて貰ったおかげで、それほど緊張することなく対応できたと思う。

 周りにいっぱい水着の女子がいるからってのもあると思うけど。


 最初はぐるっとプールの外周を周ってる、流れるプールに入ることにして、浮き輪を持って先を歩く理沙の後ろを付いていく。

 何か所かにある階段を降りようとして、彼女が足先を浸けた途端、小さな声を出した。


「わっ、冷たい!」

「え、そんなに冷たい?」


 ――バシャ!


 僕の質問には答えず、彼女はしゃがんで手をプールに浸けると、思いっきりこっちに水をかけてきた。


「うわっ、冷たっ!」

「あははー、それは自分の体で確かめないとね!」


 笑いながらこっちを見る彼女に、僕も水をかけてやろうとプールに向かう。

 ――けど、理沙は逃げるように水の中に入ってしまっていた。


「ひっど! 自分だけ……」

「えい! えいっ!」


 しかも、水の中から更に水をかけてくる。

 あっという間に全身濡れてしまった僕は、そのまま追いかけるようにプールに入った。

 確かに冷たい。

 けどそれは最初だけで、すぐに体は慣れて、今度はその冷たさが気持ちいい。


「冷たいけど気持ちいい――うわっ!」


 理沙に声をかけようと口を開けた途端、彼女がかけてきた水が僕の口に思いっきり入った。


「あはは、隙ありーっ!」


 すぐに踵を返して水流に流されながら逃げる理沙を、僕は追いかけた。

 理沙は浮き輪で浮かんでるけど、僕は持ってきてなかったから、頑張って泳ぐしかない。

 流石にクロールのほうが速くて、すぐに理沙の浮き輪に手をかけることができた。


「えーっと、ひろくん……?」


 間近で顔を合わせると、仕返しされると思ったのか、戸惑いながら理沙が言った。

 髪を高い位置で括ってるとはいえ、濡れた前髪が額に貼り付いていつもとだいぶ雰囲気が違う。

 少しの間を置いて、僕は理沙の顔に水をかけた。


「……えい!」

「――わっぷ!」


 理沙は慌てて手で顔を覆ったけど、間に合わなくて声を上げた。


「酷いよー。いじめだよー」

「……理沙が先にやったんじゃん」


 理沙は笑いながらも抗議の声を上げる。

 本当に怒ったりしてないのは明らかで、小さく舌を出していたのを見て、僕も笑う。


「楽しいね」

「うん」


 ひとしきり水を掛け合った後は、流れに任せて一緒にプールを周回する。

 僕はそのまま浮き輪にしがみついたままで、しばらくは周りを見ていたけど、ふと理沙の方を見ると目が合った。


「ありがとね」

「えっ?」


 唐突に彼女が言った言葉に、僕は聞き返した。


「……学校以外のプール来たの、すごく久しぶりだったから。たぶん小さな頃以来じゃないかな」

「そうなんだ。僕だって、わざわざプールに来ることなかったけどね」

「ひとつ思い出が増えそうだね」

「うん」


 頷くと視線が少し下に行って、浮き輪との隙間から見える彼女の膨らみに目が留まった。


「ふーん、やっぱり気になるんだ……? でもここじゃ触ったりはダメだよー」

「そんなことしないって!」


 僕は慌てて目を逸らして否定する。


「あはは、見るくらいならいいよー。ただ、あんまり見てると周りから変態扱いされちゃうよ?」


 周りを見てみると、僕たちに意識を向けてるような人は誰もいなくてホッとしたけれど。

 水着の女の子に目が釘付けってなると、確かに後ろ指差されても仕方ない。


「気を付けるよ。……それに、今度二人の時にじっくり見せて貰うから」

「ええっ! それはそれでちょっと……」

「ここじゃダメって言ったの、理沙じゃん」

「そ、そうだけど……」


 さっきの意趣返しとばかりに僕が言うと、理沙は頬を染めて明らかに戸惑っていた。


「はは、冗談だって」

「むー、冗談なのか本気なのか分かんないよー」

「半分本気で、半分冗談。……次はスライダーに行ってみる?」


 僕は答えをはぐらかしたけど、見たいし触ってみたいしってのは、もちろん本当だなって自問する。

 たぶんそれは理沙も分かってるんだろうなって。

 でもそれと同時に、まだその時じゃないのも分かってると思う。


 そうして少しずつ、お互いを理解していくものだって思っていたから。


「うん、行く」


 僕は先にプールサイドに上がって、階段を上がってくる彼女の手を引いた。

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