第25話 夏休み突入

 高校での地味なものとは違って、理沙が好きな水色の鮮やかな水着姿の彼女は、戸惑いながら更衣室から出てきた。

 いつもの眼鏡はかけていなくて、見慣れた姿じゃないのが何か新鮮だった。

 それに……学校でも夏のセーラー服を押し上げるソレを知ってたけど、水着だと思ってたよりも……。

 ダメだ、見とれてる場合じゃない。


「理沙、こっちこっち!」


 視力が悪くて、不安そうにキョロキョロしていた彼女に、僕は手を振って声をかける。

 それに気づいて、ペタペタとこちらに歩いてきた。


「へ、変じゃないかな……?」

「ううん、全然。可愛いと思うよ」


 僕が素直に感想を伝えると、少し俯いて小声で呟く。


「もう……。なんでそんなに恥ずいこと、平気な顔で言えるのかな。……嬉しいけど」


 そう言われると、急に僕も恥ずかしくなってきた。


「あ、ごめん。……とりあえず、プール入ろっか?」

「うん。そだね」


 夏休みになって最初の日曜日。

 市内のプールに遊びに来た僕たちは、ひんやりとした水に浸かって、青空を見上げた。


 ◆


 ――少し前のこと。


「もう少しで夏休みだね」


 理沙はものすごい速度で落ちるブロックを自在に操りながら、僕に話しかける。

 僕たちは1学期の期末テストが終わって、久しぶりにゲームセンターでゲームをしているところだった。

 僕も何度か2pで入ってプレイしたけど、その間も彼女は百円でずっと続けていた。


「そうだね。期末もぼちぼち悪くなかったし、ありがとう」

「うんうん。師匠としても鼻が高いよー」


 理沙は画面から目を離さないながらも、頷いてにんまりとした笑顔を見せた。


「理沙は相変わらずだよね。ついに1桁順位とかだし」

「あはは。まだまだひろくんには負けられないからねー」


 彼女の指導のおかげで、僕も中間より順位を上げたけれど、彼女は全校で7番という成績を叩き出していた。

 でもそのおかげで、夏休みにサマーセミナーに行かされたりしなかったのには助かった。


「今週末は天気も良さそうだし、予定通り日曜にプール行く?」

「うん。前に話したけど、市営まで行くのでいいの?」

「いいよ。……近くだと僕も恥ずかしいし」


 高校や僕たちの家からはちょっと遠いけど、市内の市営プールまで行くと、大きな滑り台があったりして、楽しそうだ。

 せっかく行くなら、そこまで行こうと以前から相談していた。


「私も友達と会ったら、ちょっと恥ずい……。あ、新しい水着が欲しいんだけど、ひろくん土曜に一緒に選んでよ?」

「えっ! 僕が⁉︎」


 女の子の水着を選ぶなんて、そんな経験もないし、そもそも水着売り場に行くのも恥ずかしい。


「だって、見せるのはひろくんになんだから、ひろくんが気に入った水着の方がいいでしょ?」


 それは正論かもしれないけど、そうは言っても恥ずかしいものは恥ずかしい。

 戸惑っていると、彼女はゲームを終わらせて、僕の方に不適な笑みを見せた。


「……大丈夫だよ。心配しなくてもただの布だから。ふふふ」

「……僕に拒否権は?」

「ない」


 即答する彼女に、仕方なく僕は付いていくことにした。


 ◆


 真夏の暑くなった土曜日、僕は自転車で彼女の家に行き、それから彼女の自転車に乗って2人で近くのショッピングモールに向かう。


「どんなのがいいかな……?」


 特設コーナーに沢山の水着が展示されているのを見渡しながら、彼女が僕の顔をちらっと見た。

 どんな水着が好みなのか、と聞きたいのかな。


「えっと……」


 でも、まじまじと水着を見るのも恥ずかしくて、僕は戸惑いながら答えた。


「ひろくんがちゃんと選んでくれるまで帰れないからねー」

「まじか……」


 うなだれる僕に、彼女は手近にあった黄色いビキニの水着を持って、自分の身体に当てる。


「ほらほら。こんなのどう?」


 ほとんど下着同然の、やたら布地が少ないソレは、何故か値段は他と変わらないのが理不尽に思う。

 でも、理沙がそれを着ているのを想像すると、ちょっとそれはどうかなって思った。見てみたいけど、他の人達に見られるのはなんか嫌だ。


「さすがにそれはどうかなって……」

「冗談だよ。私もこんなの恥ずかしくて着れないって。……ひろくんがどうしてもって言うなら、家でなら着てあげてもいいけど」

「……それ、ほとんど下着と一緒じゃない?」

「んー、そうかも。なら下着見せるのと一緒って? ……ふーん、ひろくんも男の子だね」

「いや、そこまで言ってない言ってない」


 慌てて僕が否定するけど、理沙はペロッと舌を出して笑った。


「あはは。ひろくんの心の声が聞こえてきただけだよー」

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