エピローグ

エピローグ


「————で?」

「でって、なんだよ」

「それで、どうしてパパとママが結婚することになるの?」


 今年10歳になった娘は、妻によく似た美少女に成長した。

 将来はきっと、あの頃の妻のように男にモテまくるんだろうなぁと、そう思うと今からもう泣きたくなる。


「パパ、私は、なんでパパとママが結婚したのかを聞いたんだよ? それなのに何? なんで殺人事件とか幼女誘拐事件とか、そんなドラマとか映画みたいな話をするの?」

「あのなぁ、雪乃ゆきの、これからなんだ。パパとママの話は……!」

「だって長すぎるし、そもそも、これって7月と8月の二ヶ月間の話よね? まだ続くの? もう飽きたんだけど」

「飽きた……!?」


 ああ、なんだか日に日に妻に似てくるなぁ。

 この口調とか、めっちゃそっくりじゃないか。

 もう少し小さい頃は、「パパ、大好き!」って、可愛く甘えてきたのに、最近冷たくないか?


「パパの話つまんない。もういいよ、ママに聞くから」


 娘はキッチンで夕食を作っている妻の方へ行ってしまった。

 リビングに残された俺は、一人で悲しくなってテレビをつけて、この悲しい気持ちを紛らわそうとした。


『雪女といえば、有名なのはやはり小泉八雲の話ですよね。遭難した二人の男。老人の方はその場で殺し、若い男は逃がしてやって、雪女を見たことを誰にも話してはいけないと約束する。数年後に、若い男は結婚して、子供が生まれて、ふと妻に雪女の話をしてしまって————』


 夏の妖怪特集と題して、テレビでは雪女の話をしている。

 うん、確かに雪女は若い男が好きだというのは有名な話だ。

 でも、うちの雪女は、子供だけ残して夫の前から消えたりはしない。


「パパ、テレビばかり見てないで、お風呂洗ってきて」

「はーい、先生」

「は……?」

「え?」


 妻はにっこりと笑いながら、包丁の先を俺に向ける。


「いつまで学生気分なの? 気持ち悪いわよ」

「ご、ごめんなさい」


 いやぁ、まさか、あの保健室の雪女の尻にひかれる日が来るなんて、あの時は思いもしなかったなぁ……

 それに————


「それと、明日は依頼人と現場いくから、夕飯の準備お願いね」


 妻は本当に、俺が高校を卒業した後、保健室の先生を辞めて探偵事務所を開いた。

 とても美人な名探偵がいると、事務所の評判はかなりいいらしい。

 だが、妻を口説こうとした何人もの男が冷たく断られているので、いまだに一部の人たちから「雪女」と呼ばれている。


 まぁ、相変わらずあの頃と全く変わらずの美人のままだから仕方がない。

 不思議なことに、妻は本当に年を取らないようだ。

 あの日、学校で山本先生のプロポーズをきっぱり断っていた時から、何も変わっていない。

 笑顔を見せてくれるようには、なったけど————





(保健室の雪女 完)





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保健室の雪女 星来 香文子 @eru_melon

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