雪女と異端の文化祭(2)


「この怪我も、きっと、ツキガミ様の祟りだと思うんです」


 話が気になった俺はそっと起き上がり、ベッドの横に揃えて置かれていた上履きの踵を踏んだ。

 静かに少しだけカーテン開けて覗いてみると、おかっぱ頭に赤縁のメガネをかけた女子が座っていた。

 上靴のラインの色は赤。

 一年生だ。


 膝と肘には大きな絆創膏が貼られていて、血が滲んでいる。


速水はやみさん、落ち着いて。ゆっくりでいいから、最初から話してくれる?」

「はい……」


 速水は冬野先生が箱ティッシュを差し出すと、一度大きく鼻をかんでから何が起きたか話し始めた。



 ◆ ◆ ◆



 先々週の土曜日、M高でツキガミ様の集会がありました。

 私の姉が、M高の二年なので一緒に行ったんです。

 白いハンカチを持って。


 場所は第二音楽室。

 時間は、夜八時からでした。

 校門は閉まっていましたが、ロウソクが置いてあって……

 ロウソクの灯りを頼りに進んでいくと裏門に続いていて、裏門は空いてました。

 そこに白い服……神主さんとかが着ていそうな着物というか————あの、映画の陰陽師みたいな服を着た人がロウソクを持って立っていました。


「あちらの階段から、三階へどうぞ」


 顔は白い狐のお面をつけていたのと、暗くてよく見えませんでしたが、声は男の人の声でした。

 案内された方に進んだら非常階段があって……

 言われた通り三階のドアが空いていたので、中に入りました。


 第二音楽室は非常階段のすぐ目の前でした。

 中に入ったら、同じように狐の仮面をつけた人が立っていて、ケータイを箱に入れるように言われました。

 今度は女の人の声でした。

 ツキガミ様は携帯の光や音に不快感を示されると……


「ツキガミ様の顔を直接見てはいけません。ツキガミ様の御尊顔を見ることはとても不敬に当たります。白いハンカチはお持ちになっていますね?」

「はい……」


 それから持って来た白いハンカチを顔につけるように言われました。

 三角に折って、端を頭の後ろで結ぶんですけど、私がもたついているとお姉ちゃんがやってくれました。

 それからは、ぼんやりとしか見えなくて……

 私たちより先に三人ぐらいは中にいたかと……


 待っていると、それからさらに人が集まって来ました。

 全部で十人くらいはいたと思います。


「八時になりました。集会を始めます」


 ピアノの前に、人影がありました。

 ぼんやりとしか見えませんでしたが、巫女様みたいな服を着ていて……

 その人と狐の面の人が一緒に何か、呪文のようなものを唱えると風を感じました。

 どこか冷んやりとしていて……煙のようなものが巫女様の周りを漂い始めました。


「さぁ、では順番にツキガミ様とお話しましょう。あなたから、どうぞ」

「は……はい!」


 一番左側にいた人が、狐の面の人に手を引かれて、ピアノの正面に置いてあった椅子に座らされました。


「私、その……クラスに好きな人がいて……」


 最初の人はそれくらいしか言いませんでした。

 でも、ツキガミ様を降ろしたらしい巫女様は全て当てたんです。


「————それは、井口駿介しゅんすけだな。サッカー部の」

「そ、そうです! どうして、それを?」

「このツキガミに、知らぬことなどない。しかし、駿介には他校に恋人がいるな。二人を別れさせる方法を知りたいか?」

「その通りです! 私が告白しようと呼び出したら、告白も聞かずに、彼女がいるからって……勇気を出したのに、悔しくて————」

「安心するがいい、お前の願いは、このツキガミが叶えてやろう。まずは、お前の部屋にあるウサギのぬいぐるみ……本棚の上にある。それを捨てよ」

「すごい……そんなことまでわかるんですか!?」


 声だけでも、最初の相談者が興奮していることはわかりました。

 部屋の中にあるものまで言い当てるんですから、すごいに決まってます。

 そんな感じで、次々と相談者にお力を与えてくれたんです。

 姉の次に私の番が来て、ツキガミ様は私の相談も言い当てました。

 私は新聞局に好きな先輩がいたので、その相談をしました。

 私には、机の上にある黄緑色の古い鉛筆。

 それを使って、先輩の名前を毎日ノートに書くようにとアドバイスをいただきました。

 ツキガミ様は本当にすごい。

 本当の神様なんだって思いました。


 それで……私は自分の番が終わったので、元いた場所に戻されました。

 そして、次の相談者の番が来た時、私の顔を覆っていた白いハンカチが、緩んで下に落ちたんです。

 私がメガネをかけていたせいか、用意したハンカチが小さかったのか、しっかり結べていなかったみたいで……


 不意にずり落ちてしまいました。

 それで、その時、一瞬だったけど巫女様と……ツキガミ様と目が合ったんです。

 慌てて、元に戻しました。

 でも、もう遅かった。


 月曜日になって、学校に行ったらその先輩には、彼女ができていました。

 それも、同じクラスの広瀬さんと付き合ってるって……


 それから、今朝は何もないところで躓いて転んで、膝を擦りむいて……

 今日も、クラス展示のための絵を準備をしていたら、地震が来て……

 ちょうど完成した作品を持って立ち上がった瞬間でした。

 それで、バランスを崩して、肘を……


 きっと、私がツキガミ様の顔を見たせいです。

 気になって調べたんですが、ツキガミ様の顔を見た人は死んでしまうって、ネット掲示板に書いてありました。


 顔を見ることは不敬で、祟られて死ぬんだと……

 不幸なことが立て続けに起きて、最後は死に至ると……


 ◆ ◆ ◆



「————先生、私、死にたくないです。でも、どうしたらいいかわからなくて……」


 速水は再び泣き始める。


「大丈夫よ。安心して、速水さん。祟りなんて、そんなものありえないわ」


 冬野先生は椅子から立ち上がり、なぜか俺のいる方に歩いて来た。

 そして————


「————そんな怪しいやからは、この探偵部が解決してくれるわ」


 俺が少しだけ開けていたカーテンを、全開にしてそう言い切った。


「えっ!? いや、その……え?」

「……盗み聞きしていたってことは、この話、興味があるんでしょう?」

「それは……そうですけど」


 いつから気づいていたんだ!?


「かわいい後輩が困っているの。手伝いなさい、小泉君」


 結局俺は、そのツキガミ様とやらの実態を調べることになった。


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