第二章 雪女と異端の文化祭

雪女と異端の文化祭(1)


 7月中旬、今週末から行われる文化祭に向けて、生徒たちはその準備に追われていた。


 この学校の文化祭は、金、土、日の三日間。

 初日は、全学年共通していて、学級対抗でダンス。

 転校してきたばかりでみんなから遅れている俺は、ただでさえ運動神経が悪いと言うのに、振り付けを覚えなければならず、練習だけで気づいたら体重が2キロくらい減っていた。

 なんのために踊らなければならないのか……理解できない。

 こんなの恥の上塗りのようなことしたく無いが、強制的に全員参加だ。

 さらに、本番ではクラスのテーマである「情熱」にちなんで、全身真っ赤のド派手衣装まで着せられるらしい。

 そんなの恥ずかしくて死ぬ。

 できることなら、サボりたい。


 それと一、二年生は垂れ幕制作もある。

 文化祭の間、校舎に大きな垂れ幕を吊るすらしい。

 ダンスと垂れ幕は最終日に順位発表があるとのことだ。

 美術部が得意な生徒は廊下に大きな布を広げ、アクリル絵の具で色をつけていた。

 三年生は演劇。

 体育館のステージで行われる。


 土日の二日間は一年生はクラス展示、二年生、三年生は模擬店。

 二年二組の俺は、この模擬店の係になった。

 お化け屋敷をやるらしく、俺が任されたのは主に段ボールをひたすら黒く塗るという地味なもの。

 幽霊役の向井と佐々木は、古着屋で見つけてきた白い着物に袖を通したり、ダンボールで井戸のようなものを作ったりしている。


「ところで、探偵部は何をするんだ?」


 文化系の部活は、文化祭で何かしら展示したり発表したりしなければならないらしいのだが、俺は探偵部が何をするのかまったく聞かされていなかった。

 成り行きで探偵部員になったとはいえ、部長の佐々木には文化祭に向けて何かを準備しているような様子は見受けられず、心配になってくる。


 生徒会が作った文化祭のしおりには、三日目の午後一時から体育館で「探偵部報告会」としか書かれていなかった。

 なんの報告会なのか、さっぱりわからない。


「ああ、それな」


 佐々木はケータイを取り出して、何か操作した。

 すると、すぐに俺のケータイが鳴る。

 佐々木からメールが送られて来た。

 俺は目の前にいるのに、なんでわざわざ送ってくるんだと思いながら、そのメールを開く。


 ==================


【件名:Fw:集会のお知らせ】


 >

 >信者の皆様、こんにちは。

 >7月21日(土)午後8時、K高校文化祭ににツキガミ様がご降臨されます。

 >場所は4階、408教室。

 >ツキガミ様のお力は偉大です。

 >集会に参加された方には、もれなくツキガミ様がお力を与えてくださいます。

 >必ず祝福が訪れるでしょう。

 >当日は、白いハンカチをお持ちになって、お越しください。

 >

 >また、このメールはご友人三名に転送するようにお願いいたします。

 >転送なさいませんと、あなた様には不幸が訪れるでしょう。

 >

 >ツキガミ委員会

 >

 >

 ===================



「————なんだこれ」


 チェーンメールか?


「ツキガミ様だべ。知らないのか? 今流行ってるんだ。他の誰かから送られて来たりしてないか?」

「いや、全然」

「名古屋の友達からも?」

「届いてないって……それと、名古屋じゃなくて岡崎な」


 佐々木の話によると、今この辺りの女子中高生の間で流行っているらしい。

 巫女の末裔だと名乗っている謎の女が、このツキガミ様とやらを降霊させ、学校の事や家族、恋愛なんかのアドバイスをしてくれるのだとか。

 占い師のような、霊能力者のような……とにかく、そういう存在がいるそうで、道内各地の学校を回っているそうだ。


「集会に参加したっていう生徒の話によると、その巫女の末裔だって女の顔は見えないらしい。でも、ズバズバと悩みを解決してくれるんだと。死んだ人の霊と話をさせてくれたりとか……。場所は夜の学校で、灯りはロウソクだけ。それにみんなに持ってくるよう言ってある白いハンカチ。これで自分の顔を隠すんだ。お互いの顔が見えないように」


 佐々木は幽霊の衣装で用意されていた白いハンカチを、自分の顔に当てながら言った。


「この集会の謎を暴くのが、オレたち探偵部の今年の出し物だ」


 それは探偵部でやることか?

 オカルト研究部の仕事じゃないか?

 まぁ、この学校にオカルト研究部はないのだけど……


「あれ……? 揺れてね?」

「わっ! 地震だ!!」


 そう思っていたら、震度が起きた。


「結構でかい?」

「震度3ぐらいじゃね?」

「危ない! 小泉!! 上!!」

「……へ?」


 そして、運悪く掃除用ロッカー前にいた俺の頭に、誰かが載せていた新品のペンキの缶が落ちてくる。


 誰だ!!

 こんなギリギリの位置にこんな危険なものを置いたやつは!!

 俺が避けられるわけがないだろう!!


 ペンキ缶は俺の頭にドンっと鈍い音を立ててぶつかる。


 そこから先の記憶は、あまりない。

 気づいたら、俺は保健室のベッドの上だった。

 ピンク色のカーテンに囲まれて、なんともいえない気持ちになる。



「————それで? 何を見たって?」


 カーテンの向こうから、冬野先生の声が聞こえる。

 ああ、声まで綺麗なんだよなぁ……本当に、非の打ち所がない。

 冬野先生は容姿も声も綺麗だ。

 雪女といわれるのも納得のクール美人で、多分どこかの大金持ちのご令嬢。

 ミステリーとホラー小説が好き。

 年齢は……————知らない。

 多分、20代だと思う。


 とにかく、まだまだ謎が多い。

 本当に不思議な人だ。



「ツキガミ様です。私、ツキガミ様を見ちゃったんです」


 ————ツキガミ様……?


「見ちゃダメって言われていたのに……!!」


 カーテンの向こうから、冬野先生と、もう一人、女子の声がする。

 泣いているようだった。


 ツキガミ様って、佐々木が言っていたあの怪しいメールのやつじゃないのか?


「顔を見たら死ぬって……どうしよう、雪子先生……っ」


 顔を見たら死ぬ?

 なんだそれ、そんな話、聞いてない————


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