雪女と夏の凍死体(了)
横谷先生のメガネがぶっ飛び、手に持っていたリモコンも床に落ちる。
床に落ちた拍子にスイッチが押されたらどうするんだと思ったが、視聴覚室の床はグレーのカーペット。
硬い床じゃなくて本当に良かった。
まるでどこかの小さくなった名探偵みたいに、見事なシュートだった。
冬野先生は、容姿だけじゃなくて運動神経もいいのか……
すごいな……
「くそ……どこだ……」
横谷先生は顔を押さえながら、手探りで落ちた眼鏡とリモコンを探している。
相当痛いのか、視力がかなり悪いのか、目の前にあるのに見つけることができず、床に這いつくばっているようなその姿は、滑稽だった。
「今のうちよ」
「えっ……?」
その間に、冬野先生は隠れていた俺の前にハサミを渡した。
「ただ隠れていないで、助けに行きなさい。同じ探偵部の仲間でしょ?」
「わ、わかりました……」
勇気を出して、俺なりに全力でスクリーンの前にいる二人のところまで走った。
途中転びそうになったけど……
「小泉!!」
「先輩!!」
二人の腕と足につけられていた結束バンドを切って、拘束を解く。
その間、冬野先生は横谷先生の方に走り、爆弾のリモコンを拾い上げた。
運動神経がいいって、いいな。
「————か、確保だ!!」
その瞬間、突入してきた刑事たちが横谷先生を取り押さえた。
*
横谷先生による爆発事件から一夜明け、学校は臨時休校となった。
その翌日、再開した授業。
何の因果か、一時間目から体育。
俺たちのクラスの教科担任だった山本は殺されたため、この日は女子と男子合同で男女混合でチーム対抗戦バレーになった。
俺と佐々木は同じチームで、自分たちの番が来るまで話題はやはり事件のこと。
父親が刑事の佐々木の情報は確かで、俺たちの会話に他の男子や女子も聞き耳を立てていた。
「それじゃぁ、冬野先生が?」
「ああ、俺が父ちゃんに電話する前に、もう横谷先生を逮捕しに向かってたんだ」
思いの外早く刑事が学校に到着したため、俺は不思議に思っていたが、佐々木が爆弾のことを知らせる前に父親と鉢合わせたらしい。
冬野先生が、横谷先生の犯行だと知らせていたそうだ。
「雪子先生、任意で事情聴取を受けた時に言ってたんだって……犯人の目星はついているから、少し待って欲しいって。最初に現場を見た時から、なんとなく犯人はわかっていたんだってさ」
「……そうなのか? それにしては、ずいぶん事情聴取に時間がかかっていた気がするけど……」
事件が起きたその日に警察に行って、戻って来たのは早くても翌日の午後。
俺はてっきり、何か冬野先生が犯人と思われるような証拠でもあるのかと思っていたが……
「詳しくは知らないけど、身分証を持ってなかったんだってさ。だから、本人確認だとか? 事務的な問題で時間がかかっただけらしい」
連絡を受けた実家の執事が身分証明書を持って来たようで、そこでやっと解放されたのだとか。
実家に執事がいるなんて、冬野先生はどこかの資産家か何かの娘なんだろうか?
とにかく、謎が多すぎる。
「でも、なんで横谷先生は向井たちを殺そうとしたんだ?」
「向井たちの話じゃ、山本が偽物か知っていたんじゃないかと話した時に、横谷が広瀬の首元にカッターを突きつけたんだって……それで、二人とも縛られた」
隣の視聴覚室に移動させられた後、横谷自身が電話で冬野先生を呼び出し、あの状況になったそうだ。
爆弾が視聴覚室に仕掛けられていたことを、冬野先生は気づいていた。
視聴覚室も、音が漏れないように一応防音の壁になっている。
太鼓部の部室ほどではないが……
「なんで冬野先生が知ってたのか……までは、本人に聞くしかないな。昼休みにでも、保健室に聞きに行くべ!」
「そうだな。俺も一つ気になることがあるし……」
冬野先生は、あの時、横谷先生が誰かを庇っていると言っていた。
でも、逮捕されたのは横谷先生だけ。
冬野先生もきっと、横谷先生の行動が不自然だと思っているんだと思う。
今更、殺人事件を事故になんてできっこないのに、要求がめちゃくちゃだった。
逮捕されるのが嫌なら、もっと何か別に方法があっただろう。
爆弾なんて使って……あれじゃぁ、逆に自分が犯人だって主張しているようなものだ。
「気になること……?」
佐々木に話そうと、俺が口を開いた瞬間————
「————危ない!!」
俺の顔面に、強力なスパイクが飛んで来た。
「お、おい!! 大丈夫か、小泉!!」
大丈夫じゃない……!!
*
「……何してるのよ。授業に集中してないから、こういうことになるのよ?」
「すみばぜん……」
冬野先生は俺の鼻にガーゼを押し込んだ。
両方の鼻から血が出た。
自分の運動神経のなさに、もう呆れるしかない。
ボールが飛んで来たのは見えていたんだ。
でも、体が動かなかった。
それどころか、むしろ避けようとしたはずなのに自分からあたりに行ったみたいになった。
「止まるまでしばらくそこに座って休んでなさい」
「はい……」
あまりに恥ずかしくて一人でここまで来たが、相変わらず冬野先生は冷たい。
また扇風機の前に座って、今日は緑色のブックカバーの文庫本を読んでいる。
「……またミステリー小説ですか?」
「これはホラーよ。呪われて、人間が死ぬの」
またそれか。
殺人事件があったばかりだっていうのに……
「それより先生、聞きたいことがあるんですけど」
「何?」
冬野先生は、視線をホラー小説から動かすことなく俺の質問に答えた。
「横谷先生がかばっていた誰かって、島本ですか?」
「……おそらく、ね。確証はないけど……。私、見たのよ」
「見た……?」
「用務員の
そう、島本の行動は不自然な点がある。
「ケータイがあんなに近くにあったのに、わざわざ走りにくいあの足で、十五分以上かけて人を呼びに行った理由は? そもそも、ケータイを忘れたことに気づいたら、今時の男子高校生なら忘れたことに気づいた時点で取りに来るはずよ。学校には夜間でも人がいることはわかっていたんだから」
そうだ。
もし俺が島本と同じように、ケータイをどこかに起き忘れたら必死に探すだろう。
時間も関係ない。
次の日の朝まで待とうだなんて、思わない。
「これは私の憶測でしかないけれど、島本君は知っていたんじゃないかしら? あの部室で、何が起きていたのかを……」
もし、横谷先生の計画の邪魔になる用務員さんに怪我をさせたのが、島本だったら……————
横谷先生は、島本に昔の自分を重ねていた。
あとで佐々木から聞いたが、事故で死んだホッケー部員は島本の幼馴染だったし、山本に殺意を抱いていてもおかしくはない。
「まぁ、今となってはなんの意味もないわね。横谷先生は全部自分一人でやったって、自供しているだろうし」
「……そうですね」
数日後、怪我から復帰した用務員の東さんは、自分が入院していた間に起きた殺人事件を知って、警察に自首をした。
去年の夏、ひき逃げをした車を運転したのは、自分だと。
島本は、その日から学校には来なくなった。
今となっては、島本が知っていたかどうか、もう誰にもわからない。
(第一章 雪女と夏の凍死体 了)
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