雪女と夏の凍死体(9)
「ふざけるな……!!」
「ふざけてなんていない。いいだろう? お前が大好きな、エアコンがある涼しいこの部室で死ねるんだ。もっと喜べよ。制限時間は一時間。一時間この中で耐えられたら、爆発は止めてやるよ。ただし、諦めてドアを開けたらすぐに爆発するからな」
横谷はそう言って、照明を全て消し、部室から出る。
すぐにタイマーが作動する。
暗闇の中で、ドアに仕掛けられたタイマーの赤い光だけが光る。
残り、59分。
「くそ……っ!!」
一時間、この寒さに耐えれば助かる。
だが、筋トレが趣味で、ほとんど脂肪のない山本の体はすぐに寒さで震え上がる。
暗闇で見えない中、なんとか手探りでさっきまで巡回のため持っていた懐中電灯の明かりをつける山本。
照明のスイッチは、爆弾が仕掛けられたドアのすぐ横にある。
もし間違って触ってしまったら……と思うと、近づくことはできなかった。
「どうしろって言うんだ……寒い…………」
とにかくまずはこの急激に冷えるエアコンを止めようとしたのだが、リモコンが見つからない。
いつも壁に設置してあるはずのリモコンは、横谷が持って行ってしまった。
電源を切るには、エアコン本体のスイッチに触れるしか方法がない。
「くそ……っ!!」
しかし、高い位置にあるエアコン本体に、身長の低い山本では届かなかった。
ジャンプをしても無理だ。
それにこの暗闇の中、電源のスイッチがどのあたりにあるのか、山本の身長ではよく見えなかった。
ならばせめて、窓から出ようと考える。
エアコンよりは低い位置に窓はある。
しかし、ここは太鼓部の部室。
踏み台になりそうなものは、太鼓しかない。
大太鼓を動かそうとしたが、一人では持ち上げることはできそうもなかった。
中くらいの太鼓を重ねて、面の上に乗ってみる。
ところが、片足を乗せたところで簡単に破けてしまった。
「くそっ!!」
太鼓の淵に足をかけて、再度挑戦してみる。
それだとバランスが崩れ、うまく上がれない。
「一時間……一時間待てば…………いいんだろう」
色々と手を尽くしたが、どれもうまくいかず、タイマーの赤い光は残り28分と半分まできている。
何かないかとポケットに手を突っ込んだが、ケータイは職員室の机の上に置いたままだったことを思い出した。
見回りのために持っていた鍵の束をポケットに突っ込んだ時、傷がつきそうで一旦置いたのだ。
買い換えたばかりの、最新モデル。
スライド式だ。
その上、ここは防音。
誰かに助けを求めることもできない。
仕方がなく、あと少し我慢すればいいのだと、山本は筋トレをして体温を上げようと試みる。
走ったり、シャドーボクシングをしてみたり、とにかく体を動かし続けた山本。
タイマーは残り5分まできている。
唇の色は青くなり、眠くなって行くのを必死に耐えた。
「後少し……後少しだ……」
タイマーが0になった。
これで外に出られる、そう思って氷のように冷えたドアノブに手をかけるが……
「嘘……だろ……?」
再びタイマーは動き出した。
残り、59分————
◆ ◆ ◆
「————島本君が遺体を発見した後、奥から花火のような匂いがしたのは、そのせいね」
島本が山本先生の死体を見つけ、人を呼びに職員室へ向かってすぐ、冬野先生は太鼓部の部室に入った。
その時、山本先生の体は冷たくなっていて、部室内の気温も低く感じたそうだ。
だが、微かに火薬のような匂いが残っていた。
「夜間担当の用務員を階段から突き落としたのも、あなたの仕業?」
「用務員……? ああ、それは偶然だよ。最初は見回りがない時間帯を狙うつもりで計画を立てていた。運命だと思ったよ。この機に乗じてろと、神が味方してくれたんだと思った」
俺は用務員が入院しているとは聞いていたが、階段から突き落とされたなんて知らなかった。
「これは単なる事故。例え、殺人を疑われたとしても、その疑いは冬野先生に向くようにと裕司に何度振られても諦めるなと言い続けました。あなたには悪いことをしたとは思っていますよ。何度断っても諦めない裕司に、うんざりしていたでしょう?」
「そうね。どうしてあなたが熱心に私とあの男をくっつけようとしていたのか、不思議だったけどこれでわかったわ。でも————」
冬野先生は、スクリーンの前にいる二人を指差した。
「あなたの復讐に関係ない生徒を、巻き込んだのはなぜ?」
「……確かに関係はないですよ。ただ、探偵部の子達には迷惑していたんです。余計なことを嗅ぎ回って、俺が犯人だと疑っていたのでちょうど良かった」
横谷先生はもう一度、リモコンのスイッチを押す。
同じようにスピーカーに取り付けられていた小型の爆弾が爆発。
「威力は見ての通りです。彼らのそばに、同じものがあるのが見えるでしょう?」
俺の位置からはよく見えないが、まだ爆弾が仕掛けられているようだ。
「助けて欲しければ、証言を撤回していただきたい。山本裕司の死は、単なるエアコンの誤作動による事故死だと」
あまりにめちゃくちゃな要求だった。
「探偵部の君たちは、何度か警察に協力して表彰されたこともあったね? 部長の父親は刑事だし、警察からの信頼も厚いだろう? これは事故だったって、証言してくれないか?」
横谷先生は、向井と広瀬に笑顔を向ける。
授業中に見た、人が良さそうだと思ったあの笑顔と同じなのに、今はそれが恐怖に感じた。
この人は、壊れている。
そんな気がした。
「言います! 警察に、事故だったって言います!! だから、助けてください」
向井はそう言って、広瀬も何度も何度も頷いているが、この状況、どう考えても無理だ。
冬野先生や向井たちが、警察に事故であると証言したところで、今更遅い。
爆弾まで使ったんだ。
佐々木が通報しているはずだ。
警察はもう、動いている。
犯人は横谷先生だって、わかっている。
それくらい、横谷先生にもわかっているだろう。
それでも、こんなことをする理由はなんだ?
何かがおかしい。
「……あなた、誰を庇っているの?」
「庇う? 一体なんの話です?」
「そうじゃなきゃ、こんな馬鹿げたことをする理由がないわ」
冬野先生は、横谷先生の頭上を指差し、横谷先生も俺も指差した方向を見る。
そこには、非常口と書かれた、緑と白の誘導灯。
「そっちが本物でしょう?」
その上で、赤い光が点滅している。
「お美しいだけじゃなく、視力もいいんですね、冬野先生」
「運動神経もいいわよ」
冬野先生は、そう言って急に片足を振り上げた。
白い何かが、綺麗な弧を描いて横谷先生の方に飛んでいく。
それが冬野先生が履いていた白いスリッポンだと気づいた時には、横谷先生の顔面に直撃していた。
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