雪女と夏の凍死体(8)
声を出しては気づかれる……そう思った俺はケータイに文字を打ち、佐々木に見せる。
【今すぐここを出て、警察に連絡しろ。爆弾があることを、職員室の先生に伝えろ】
佐々木は何度か頷いた後、さっと足音を立てないように走った。
足の遅い俺が知らせに行くより、ずっと速い。
俺も音を立てないようにこっそり視聴覚室の中に入り、椅子の影に隠れた。
「夏に凍死したのよ? 警察だって、事故よりも殺人を疑うでしょう? それに……部室のドアに、ガムテープで何かを固定した形跡も残ってた。あれと同じものかしら?」
冬野先生は、もう一つのスピーカーの方を指差した。
スピーカーにガムテープで小型の箱が貼り付けてある。
あれが、爆発したんだ。
「まぁ、似たようなものですが、使ったのはダミーですよ。中身は空っぽの、タイマーだけ貼っておきました。ドアを開けたら死ぬと言ってね。でも、あいつは信じた。俺が爆弾を作れることを知っていたから……」
そうか、山本先生はあの部室から出なかったんじゃない。
出られなかったんだ。
入り口は一つ。
その入り口のドアには開ければ爆発する爆弾が仕掛けられていたなら、出るには窓からしかない。
「あいつはチビのくせに昔から嘘つきで、傲慢だ。何も変わっていない、高校時代と……あの時と同じように、人を殺した」
「あの時……?」
「去年、ひき逃げでホッケー部の子が一人死んだのはあなたも知っているでしょう? 冬野先生」
冬野先生は、ゆっくり頷いた。
「俺が高校生の時、同じことが起きた。真夏の暑い中、水分も取らずに走らされて……熱中症————当時は日射病と呼ばれていましたね。そのせいで、俺の親友は死にました。山本裕司のせいで」
横谷先生の親友が、死んだ?
「去年死んだあの子も、同じです。あの日は、32度もあった。炎天下の中、他の運動部は室内での活動に変更していた中、ホッケー部だけが基礎練習を外でしていた」
「知っているわ……一人道路に倒れて、そこを運悪く右折してきた車にひかれた……あの子を助けようとした島本君も、事故に巻き込まれた」
「熱中症で死んだんです。原因は山本。なのに……あいつは俺に言った。『あれぐらいの暑さで倒れるわけがない。日頃の鍛錬が足りてないんだ』と……」
やっぱり、横谷先生はあの山本先生が、偽物だと気づいていた————
◆ ◆ ◆
去年の春、事故が起こる数ヶ月前、横谷は産休で休みに入った教師から太鼓部を引き継いだ。
太鼓部の部室は、唯一クーラーがついていて夏は快適に過ごすことができる。
「おー、やってるやってる」
この山本さえ来なければ。
山本はホッケー部の部員たちが学校の外周を基礎練で走らせておきながら、太鼓部の様子を見に来たという
横谷は高校時代、一つ先輩であった山本が同じ学校に赴任して来たことには驚いたが、横谷の親友を殺したのはホッケー部で活躍していた兄の慎司ではなく、同級生の弟の裕司の方。
慎司は当時から顔は似ているが、頼り甲斐があり、とても優しい先輩だった。
慎司に対しては、別に恨みはない。
ただ、顔を見ると裕司を思い出して、あまりいい気分ではなくなるだけだった。
ところが、最近どうも違和感を感じる。
目の前にいるのは慎司のはずなのに、裕司と話しているような気がした。
太鼓部の顧問になって、話す回数が増えたからだろうか?
気温が高い日が増えるごとに、山本が太鼓部の部室に顔を出す回数は増えていった。
そして、ある日の昼休み。
昼食を早めに食べ終わり、次の授業のため廊下を歩いていた時だった。
「えー、先生今日のお昼お寿司なんすか? いいなぁ」
「俺にも分けてくださいよ。イクラがいいです!」
「バカ言え、イクラが食いたくて買って来たんだ。誰がやるか。それに、パンを廊下で食いながら言うな」
偶然見かけた山本は、生徒とそんな会話をしていた。
手には、スーパーの寿司が入った袋。
その時、横谷は高校時代のことを思い出した。
地区大会優勝の後、ホッケー部の監督が寿司をご馳走してくれたことがあった。
その時、山本は魚卵はアレルギーで食べられないからと、たまたま隣に座っていた横谷にイクラの軍艦巻きをくれたことがある。
それまであまり気にしていなかった違和感が、一気に確信に変わる。
最後に山本に会ってから、十数年も経っているためだと思っていたことがいつくもある。
それが全部、弟の裕司の方だったら……そう考えると、つじつまが合う。
赴任して来たばかりの頃、山本は横谷の顔を見て一瞬だが嫌そうな顔をした。
去年の冬、ホッケー部の試合を学校全体で応援に行った時、相手チームの監督ともめていた姿が、裕司が審判ともめて退場になったことを彷彿とさせた。
なんど断られても、冬野に言い寄る姿は、裕司が高校時代に横谷のクラスの女子につきまとっていた時と同じ。
それにその女子は、裕司が目の前でわざと水筒の水をぶちまけて、日射病でフラフラになって、あげく倒れて車に轢かれた親友の彼女だった。
そして、この年、一番暑い夏。
基礎練のランニング中、生徒が二人車にはねられ、一人は死亡。
もう一人は重症を負って、選手生命を絶たれた。
事故を目撃した何人かの生徒は、当初、道路に倒れたのを見たと証言していたが、山本はそれを否定する。
「あれぐらいの暑さで倒れるわけがない。日頃の鍛錬が足りてないんだ。うちの部員に、そんな柔な奴がいるわけがない」
自分は涼しい太鼓部の部室にほぼ入り浸っていたくせに、山本はそう言った。
それは、横谷の親友が死んだ時と、同じ言葉だった。
この山本は、慎司じゃない。
裕司だと確信した横谷は、病院でリハビリ中の島本に事実を確認した。
「車に轢かれる前に、道路に倒れたと言うのは、本当かい?」
「そうです。山本の指示で、水分補給は一番最後ってことになっていたんです。でも、山本は見てないし、みんなこっそり飲んでました。ただ……」
熱中症で倒れたその生徒は、すごく真面目な性格で、インターハイでベスト4までいった山本を尊敬していたからこそ、山本の指示に従い、水分補給をしていなかった。
フラフラと方向感覚を失って、最終的に道路に倒れたところを島本は助け起こそうとしたが、間に合わず二人とも車に轢かれる事態となったのだ。
それも、ひき逃げ。
犯人はまだ捕まっていない。
一瞬の出来事だったため、運転手の顔も思い出せない。
黒い車だったということしか、わかっていなかった。
リハビリ後、学校に戻って来た島本は横谷の勧めで太鼓部に入部する。
すると、今度は島本の様子を見に来た
山本のせいで二人死に、一人は後遺症の残るほどの大怪我を負った。
悪びれる様子もない。
目の前で親友が命を落とすところを目撃した島本が、当時の自分と重なり、横谷は山本を殺すことを決意する。
そして、事件があった夜。
横谷は山本に差し入れを持ってきたと言って、太鼓部の部室に山本を誘い込んだ。
「————明日も授業があるのに、月曜日に夜勤なんて大変ですね」
「まったくだ。明日は午前の授業はないとは言え、夜更かしは筋肉に悪い……」
エアコンの設定温度をリモコンで最低の16度にして壁から取り外した。
学生時代、親の影響で機械いじりが好きだった横谷には、エアコンの内部をいじることも簡単だった。
ほぼ密閉状態のこの部室は、すぐに気温が下がる。
表示は16度になっているが、実際は5度以下になるように改良してある。
そして、別のリモコンであらかじめ仕掛けていた小型の爆弾を爆破させる。
「うわっ!? なんだ!?」
突然部室の奥で、小さな太鼓が一つ爆発し、山本がそれに気を取られている間に、横谷はドアに偽の時限爆弾を貼り付ける。
「……おい、横谷? これは……一体」
「なぁ、裕司、お前なら覚えてるよな? 俺がホッケー部を辞めた後入った科学部で花火を改良した爆弾を作って先生に怒られたこと」
「ば……爆弾!?」
それは、横谷が高校三年の頃。
山本慎司は学校を卒業した後の話だ。
爆破による怪我人は出なかったが、山本裕司は爆弾の威力を知っている。
近くで見ていた。
面白がって横谷からスイッチを奪い、押したのは裕司自身だ。
「タイマーが起動したら、このドアを開けた瞬間、お前は死ぬ」
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