雪女と夏の凍死体(7)


 山本慎司、2/14生まれの32歳、B型。

 →嘘、山本裕司、1/8生まれの31歳、AB型。

 身長167cm。

 →嘘、身長165cm

 実家は玉ねぎ農家。

 →本当

 男三兄弟の次男。

 →嘘、三男

 高校時代に所属していたアイスホッケー部でインターハイ出場。

 →嘘(慎司の経歴)

 教育大学で保健体育の教員免許取得。

 →嘘(慎司の経歴)

 28歳、顧問だったアイスホッケー部がインターハイでベスト4に。

 →嘘(慎司の経歴)

 30歳から当校に勤務。

 →嘘?

 何事も当たって砕けろの精神論者。

 →本当

 冬野先生に一目惚れし、わかっているだけでも10回以上フラれている。

 →本当

 生徒からはウザいと思われている。

 →本当

 最近の趣味は筋トレとサウナ。

 →本当


 放課後、佐々木は黒板に書かれた山本先生の情報を訂正した。

 探偵部の一年生で、山本先生が担任だった広瀬ひろせありさの情報によると、死んだ山本先生は、兄の慎司になりすましてこの学校へ赴任してきた偽物であることが判明。

 本物の山本先生は、前の学校で問題児の生徒とその親から悪質な嫌がらせを受けて精神を病んでいて、この学校に赴任する前に自殺したらしい。

 両親は、自殺したのはフリーターだった三男の裕司ということにしたそうだ。

 年子である二人は、顔つきや体型はよく似ていたらしい。


 職場が変わったおかげで、まんまとなりすましていたが、司法解剖された際、担当医が違和感に気がついた。

 その医師は偶然にも、慎司の高校時代のクラスメイトだったそうだ。

 慎司の左足には大きな傷跡がある。

 幼い頃、弟のスケートの刃が当たって、切ってしまったという話を医師は覚えていた。


 遺体にはその傷がないし、胃の中の内容物からも、魚卵アレルギーで食べられるはずがないイクラが見つかっている。

 北海道の人間なのに、イクラが食べられないなんて……と嘆いていたことも医師は覚えていた。


「山本、昼休みとか普通にスーパーでお寿司買って食べてたんですよ。みんないいなぁって、羨ましがってたんで、私も覚えてます」


 前の学校までの山本と、この学校に赴任してからの山本は別人であるという事実はかなり衝撃的だった。

 今まで受けてきた授業は、教師でもなんでもない人間によるものだったなんて……



「山本って結構、平気で嘘つくっていうか……嘘をついていることを悪いと思ってないんじゃないかって思うことがあったんですよね」


 広瀬の話だと、クラスの男子の一人が、授業中ケータイを使ったとして没収されたことがあった。

 そのケータイには、ゲームの購入者限定のストラップがついていたのだが、放課後返してもらった時にはストラップがなくなっていた……なんてことがあったらしい。

 広瀬はただでさえ中央に寄っている顔のパーツをぎゅっと中央に寄せ、渋い顔をしながら続ける。


「絶対山本が盗んだんですよ。『俺はそんなもの見てない。知らない』って言っていたけど……」


 冬野先生が言っていた通り、山本先生は嘘つきだった。

 嘘で塗り固められた男だった。


「……でも、ちょっと待て」

「ん? なんだよ、小泉」


 山本が別人だとしたら、一つ、疑問がある。


「横谷先生は、別人だって気づかなかったのか? 高校時代の後輩だったんだろう?」



 *



「横谷先生なら、第二理科室かコンピューター室にいるんじゃないか?」


 職員室にいた担任の廣岡ひろおか先生に聞くと、そう言われたので俺と佐々木は二階の第二理科室へ、向井と広瀬は四階のコンピューター室に向かった。


「いねぇな、横谷先生。コンピューター室の方だべか?」


 入り口の窓から中をのぞいたが、化学部の生徒が数人いるだけだった。

 太鼓部の顧問ではあるが、たまに化学部の手伝いもしている横谷先生。

 部活がない日はよく、第二理科室で実験を行ったりしているらしい。


 いないなら仕方がないと、コンピューター室の方へ向かおうとした。

 ところが、四階に向かう階段を登っていく冬野先生の後ろ姿を見て、佐々木は立ち止まる。


「雪子先生、上の階に何の用だろう? 職員室は二階だし、保健室は一階だべ?」

「そうだな……」


 俺たちは冬野先生にバレないよに、少し距離を取りながら後をついて行った。

 冬野先生が入ったのは、コンピューター室の隣にある視聴覚室。

 俺は視聴覚室を覗く前に、先にコンピューター室を覗いたが向井と広瀬の姿はなかった。


「おい、小泉、こっちだ……!」


 先に視聴覚室を覗いた佐々木が、真っ青な顔で戻ってきて、小声でそういうと、俺の肩を腕を掴む。


「横谷先生も、向井たちも視聴覚室にいる……!」

「え?」

「なんかやばい。なんか持ってる……爆弾みたいなやつ」

「ば……爆弾!?」


 気づかれないようにそっと視聴覚室の中を覗くと、佐々木の言う通り、向井と広瀬はスクリーンの前に。

 横谷先生は、俺たちが覗いている入り口とは反対側のもう一つの入り口の近く。

 横谷先生の上げている右手には、リモコンのようなもの。

 そして、俺たちがいる入り口に背を向けて立っている冬野先生。


 横谷先生がスイッチを押すと、バンと大きな破裂音が鳴った。

 天井のスピーカーが一つ、爆発したようだ。


 向井は「ヒッ」と短く悲鳴を上げ、広瀬は泣いていた。

 よく見れば、向井と広瀬の手足は結束バンドで縛られている。

 逃げようにも逃げられないんだ。


「どうしてくれるんですか? あなたのせいで、せっかくの計画が台無しになってしまいました、冬野先生」

「計画? なんのこと?」

「あなたが警察に言ったんでしょう? 山本の死が、自殺でも事故でもないと————」



 爆発したスピーカーの破片が、はらはらと煙を上げながら、広瀬のすぐそばに落ちた。




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