雪女と夏の凍死体(6)



「寒い!! 動かないなら、電源、電源切っちゃいましょう!! 雪子先生!!」


 リモコンが壊れているのだろうか?

 そう疑問に思う前に、寒さで体が震えて来た。


 さすがにこの寒さは佐々木と島本も無理だったようだ。

 冬野先生は小首を傾げながら、エアコンの電源を切った。


「殺人じゃないなら、山本先生はこの寒さの中、寝てたってこと?」

「いやいや、いくらなんでも寒すぎて起きないか?」

「でも、それならどうして凍死したんだ? 寒いならエアコンの電源を切ればいいし……それか、外に出た方がましだろ?」


 冬野先生が最初エアコンの設定温度は23度になっていた。

 おそらく、電源が切られた時もこの温度設定のままのはずだ。

 23度なら、まぁ、涼しいくらいで寝ていてもちょっと風邪をひく程度かもしれない。

 凍死まではいかないだろう。


 冬野先生は、リモコンと窓よりも少し高い位置に設置されているエアコン本体を何度か見つめる。


「このリモコン、本当にこのエアコンのよね?」

「え、違うんですか?」


 冬野先生は俺にリモコンを投げてよこした。


「リモコンの型番と、本体の型番が違うわ」

「え……? あ、本当だ」


 似ているようで、微妙に違う。


「ああ、それなら、今年の冬に壊れちゃって、リモコンだけ買い換えたんです」


 島本の話によると、顧問の横谷先生が誤って床に置いたままになっていたリモコンを踏んでしまい、壊れてしまった。

 そこで、先生が互換性のあるものを新たに用意したらしい。

 横谷先生の実家は電気工務店をやっているそうで、このエアコンの工事もお父さんがやったそうだ。


 そんな話をしながら外へ出ると、少し強面のスーツの男が立っていて、佐々木を睨みつけていた。


「————こら、京介!!」

「げ、父ちゃん」

「げ、じゃない!! またお前は、勝手なことをして!!」


 どうやら佐々木のお父さんらしい。

 よく見ると佐々木と鼻の形が同じで、矢印のような特徴的な鼻をしている。


「いいべや! 俺たち探偵部のおかげで解決した事件だってあるんだから!」

「……馬鹿言うな! そんなのたまたまだべ! まったく、調子に乗ってこいて犯人に殺されたらどうするつもりだ」


 佐々木のお父さんは、息子にゲンコツを一発食らわせたあと、みんなより少し遅れ、一番最後に部室から出てきた冬野先生に気が付いてぺこりと頭を下げる。


「いやぁ、冬野先生、先ほどはどうも、とんだ失礼をしました。私もまさかこんなお美しい方が殺人なんて恐ろしいことできるわけないと思ってはいたんですよ」

「————それより、刑事さん」


 佐々木のお父さんは鼻の下を伸ばしていたが、冬野先生はそういう態度には慣れているようで、気にせずにいるようだ。


「この事件の犯人は、私が見つけますので、余計なことはしないでくださいね」


 表情一つ変えずに、淡々と言い切った。



 *



「私が見つけるって、犯人の検討はついてるんですか?」

「ええ、おおよそはね。でも、あなたに話す必要はないわ」


 俺は冬野先生に詳しく話を聞きたくて、保健室までついて行った。

 島本は用は済んだからと家に帰り、佐々木は向井と一年生が新情報を掴んだとかで部室に戻っている。


「わかっているなら、教えてくださいよ」

「どうして? これは私の問題よ? 私にかけられた疑いを晴らすために、仕方なく真犯人を見つけようとしているの。あなたには関係ないでしょう?」

「それは、そうですけど……」


 確かに、冬野先生が犯人だろうと、無実だろうと、転校してきたばかりのただの生徒の俺には関係ない。

 でも、探偵部に巻き込まれ、関わってしまった以上は気になって仕方がない。

 犯人は誰か。

 それに、冬野先生が何を考えているのか……


「————俺はこの事件というより、先生に興味があるんですよ」


 俺が素直にそう言うと、冬野先生は大きくため息を吐いた。

 この間と同じく、視線はミステリーの本から動かさなかったが、ずっと無表情だったが少しだけ眉間にシワが寄る。


「まったく、最近の男ってどうしてみんなこうなの?」

「こうって?」

「こっちには興味のかけらもないの。それなのになぜか自信満々なのよね、告白さえすればなんとかなると思ってる。いい加減にして欲しいわ」


 怒っている。

 と言うか、呆れている?


 常に冷静というか、あまり感情を表に出さない冬野先生のちょっとした変化。

 その微妙な変化が、俺はなぜか少し嬉しかった。


「やっぱり、山本先生からのプロポーズは迷惑だったんですか?」

「……当たり前でしょう? あんな嘘で塗り固められたような人間————そもそも私、嫌いなのよああいう熱血タイプ。自信過剰で、暑苦しくて……」

「嘘? 山本先生は、何か嘘をついていたんですか?」


 冬野先生は話しながらも視線は常にミステリーの本に落としていたが、急に俺の方を射るように見つめる。

 睨まれているのに、その瞳を綺麗だと思ってしまう俺は多分、山本先生や卒業前に玉砕した野球部のエースとやらと同じように、どうかしていた。


「あなた転校してきたばかりだったわね……」


 先生の声はどこか冷たい。

 でも、それが俺には心地よかった。


「あの男はね、嘘つきよ。名前も、経歴も、何もかも……」

「え……?」

「葬儀が終われば、すべてわかるわ」


 その時は意味がわからなかった。

 しかし、先生が言った通り月曜日のにはその嘘が何か判明する。


 金曜の夜が通夜、そして、土曜の朝、葬儀・告別式という流れだった。

 葬儀会場は学校に近い場所にあり、教職員や山本が担任をしていたクラスの生徒、ホッケー部の部員たちが参列したのだが————


「————おい、聞いたか? 山本の話!」

「ああ、聞いた聞いた! あいつ、教員免許持ってなかったって!」

「そもそも、山本慎司じゃなくて、本当は弟の山本裕司ゆうじの方だって話だべ? 高校時代にインターハイに出たのも、あいつじゃなかったって」


 朝から学校は大騒ぎだった。


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